ATR OPEN HOUSE 2023 ロゴ

講演

LECTURE

  • 社長講演 10/5(木) 13:00-13:30

    第6世代基幹電気通信網とその性能への期待

    代表取締役社長
    浅見 徹

    録画はこちらから

    1986年に創業したATRは、非常にチャレンジングなかつ遠大な基礎研究に取り組みました。音声翻訳、臨場感通信(AR/VR付きTV会議)、ニューラルネットワークなどが代表的なものですが、光衛星間通信もその一つです。前3者と同様、実用化までに30年以上かかっています。
    電気通信網は大きく分けて、利用者に伸びるアクセス網と広域接続用のコア網(基幹電気通信網)に分けられます。現在、5G移動通信網の次世代ということで、6GとかB5Gのバズワードで技術開発が進められています。アクセス網は携帯電話基地局のように利用者の目につき易く、B5Gでも中心テーマです。日本では、その時代のコア網として新しい光ファイバーを用いたIOWN構想が提唱されています。
    コア網は、アプリケーションに電信、電話(特に前者)を持つ銅線の固定通信網を第1世代とすると、第2世代は長波、短波(特に後者)の無線通信網、第3世代は電話中心の(固定)同軸ケーブル網、第4世代はTV放送に注力した衛星通信網、さらに第5世代は、インターネット、マルチメディア用の(固定)光ファイバー網と進化しました。第6世代は人間へのサービスからIoTという機械を繋ぐ低遅延の通信のニーズが高まっています。IOWNはまさにそこを狙っています。
    日本でもサービスが始まったStarlinkはアンテナが500km上空にあるセルラー網とみなすことができます。12,000基の人工衛星を使う点が第4世代と最大の違いです。光ファイバー内では光の伝搬速度は真空中の2/3になってしまうため、衛星間が光無線リンクのフルメッシュで構成されれば、2,000km以上の長距離通信は光ファイバーより低遅延になります。IoTでは人口カバー率より面積カバー率が重要になり有利なのも明らかなので、第6世代コア網は光衛星間通信の可能性も高く、今後は、2つの技術が相補的に運用される可能性が高いでしょう。
    日本の光衛星間通信は、1987年の、古濱、安川、樫木、平田による” Present Status of Optical ISL Studies in Japan “の論文が夜明けで、ATR第1期の7年の研究時代の主要研究です。その後、研究は、CRLに移り、さらにJAXAに渡して2020年のLUCASで商用化につながっています。ただ、技術やサイエンス寄りで、イーロン・マスクのようなロケットを含むシステムとしての考え方が弱かったのが反省点です。また、IoTのようなアプリケーションが出てきたこともイーロン・マスクを後押ししています。

  • テーマ講演(脳情報科学) 10/5(木) 13:30-14:00

    人間の適応・学習機構の解明と応用

    認知機構研究所 所長
    今水 寛

    録画はこちらから

    人間は新たな環境に置かれたときに、さまざまなことを学習し、行動パターンを変え、環境に適応します。私たちの研究室では、「脳活動を画像する技術」「人間のこころを解明する心理学」「脳の動作原理を数理モデルで解明する計算論」の3つを柔軟に組み合わせ、人間の優れた適応能力を支えるメカニズムの究明とその応用研究を行ってきました。本講演は、まず人間が環境に適応するときに、脳の中でどのような変化が生じるかについて紹介いたします。環境に適応するときには、人間の脳の中では、さまざまな領域がダイナミックに協働し、適応と学習が進むにつれて、脳内に記憶が蓄積されて行く様子を画像化することに成功した研究について説明します。次に、その応用技術として、自らの脳の状態をオンラインで知らせることで、適応や学習を促進するニューロフィードバック技術について紹介します。また、効率良くニューロフィードバック訓練を行うための基盤技術として、複数の施設(大学、病院、研究所など)で取得した脳画像をデータベース化する試みについて紹介します。最後に、それらの技術の社会応用として、昨年度から始まった内閣府・科学技術振興機構のムーンショットプロジェクト「東洋の人間観と脳情報学で実現する安らぎと慈しみの境地」について説明いたします(右の図はその概要を示します)。このプロジェクトでは、仏教をはじめとする東洋の人間観と脳科学の知見にもとづき、こころの状態が時間とともに変化するプロセスを脳ダイナミクスの観点から解明し、その応用を行います。大規模調査と小集団への詳細な調査を組みあわせたこころの状態に関する個性のモデル化、脳ダイナミクスの遷移をリアルタイムで推定し、可視化する技術の開発、それらに裏打ちされた瞑想法の開発と社会実装を行います。これらを通して、自分自身と向き合うことで、安らぎと活力を増大し、他者への慈しみを持てる社会を実現します。

  • テーマ講演(深層インタラクション) 10/5(木) 14:00-14:30

    人とロボットが共生する未来に向けたインタラクションデザイン

    インタラクション科学研究所 エージェントインタラクションデザイン研究室 室長
    塩見 昌裕

    録画はこちらから

    本講演では、これまでにATRで進めてきた人とロボットの触れ合いを伴うソーシャルタッチ研究を中心に、複数台のロボットが人と関わり合うソーシャルダイナミクス研究についても概観し、人とロボットが共生する未来社会に向けて必要となるインタラクションデザインについての議論を進めます。
    人とロボットが物理的に触れ合うソーシャルタッチインタラクションにおいては、不安を感じさせず心地よい感触をもたらすためのインタラクション技術が必要となります。そこで我々は、人とロボットが安全に触れ合うために必要となるセンサやハードウェアに加えて、ロボットが常識的な触れ方を行うための人間理解に関する研究を進めてきました。さらには、ロボットが人に触れる前から触れた後までのインタラクションを一貫して扱うための触れ合い技術に関する基礎研究や、保育支援・介護支援といった触れ合いを伴うロボットとのインタラクションがどのように社会に貢献しうるかを探索的に検証する応用研究についての紹介を行います。
    また、様々なロボットと日常的に関わりつつある現代社会において、今後も活動するロボットの台数は増加の一途をたどるでしょう。そのような状況においては、複数のロボットが連携し、人のグループのように振る舞うことも増えていきます。そのような共生社会を迎える前に、複数台のロボットが人と関わり合うインタラクションにおいて、人間がロボットから構成される社会的集団からどのような影響を受けるのか、すなわちソーシャルダイナミクスの影響をあらかじめ理解しておく必要があります。そこで我々は、複数のロボットを用いた情報提供や学習支援、街角でのサービスを想定した状況において、ロボットの台数が人々の振る舞いや印象にどのような影響をもたらすかの検証を進めてきました。 本講演では、ロボットとのインタラクションが物理的にも空間的にも密となる未来社会において、ロボットとの関わり合いが我々にどのような変化をもたらすかについて、その応用可能性や社会的受容性についても広く議論したいと思います。

  • テーマ講演(事業開発) 10/6(金) 13:00-13:30

    「研究機関の視点でのイノベーションエコシステム発展への寄与」とは?

    経営統括部・事業開発室 代表取締役専務
    鈴木 博之

    録画はこちらから

    ATRは、本年6月に新たな基本理念「ともに究め、明日の社会を拓く」を策定し、他機関との協働や人材交流とともに国際的見地に立った情報通信関連分野の先駆的研究とイノベーション創出で課題解決に取り組み、研究機関の視点でイノベーションエコシステムの発展に寄与していくことを公にしました。ここに記載の「研究機関の視点でイノベーションエコシステムの発展に寄与していく」については、同時に策定された3項目の「私たちの存在価値」の筆頭項目として位置付けられており、新たな基本理念において重要な意味を持ちます。
    ATRが2017年から構築を開始したグローバルイノベーション連携ネットワークは、現在も順調に成長を続けており、事業連携と覚書の締結により昨年度に新たに加わったInvest in Bavaria(ドイツ・バイエルン州)、ACCIÓ東京(スペイン・カタルーニャ州)、InnovationRCA(英国)及びStartup Terrace Kaohsiung(台湾)を含む8ヶ国、10機関の中核連携機関を始めとする国外34ヶ国の364機関及び国内555機関を含む919機関との広範かつ強固なネットワークへと発展を遂げています(本年6月末現在:図1)。また、この連携ネットワークをベースとしたイノベーション活動に対する3つめのプラットフォームとして、“シーズ”と“課題(マーケット)”をマッチングするKGAP Exploreを本年6月より開始しました(図2)。このプラットフォームは、ATRや大学・研究所の“研究シーズ”ならびに中小企業や老舗企業が保有する優れた技術を活かした新たな“商品シーズ”のマーケット開拓を効果的に行う仕組みとして機能し、“シーズ”の商品化や事業化を加速することが期待されます。
    ATRは、世界最先端の研究機関の1つであり、世界最先端の研究開発に関する情報やトレンドに容易に触れることができます。他方、グローバルイノベーション連携ネットワークを活用した様々な活動を通じて、連携先の世界各国における最新のスタートアップに関する情報やトレンドを容易に得ることもできます。これは、ATRには、グローバルスケールでの最先端かつ最新の「シーズ」「解決法」「課題」に関する情報やトレンドが集まってくる環境が存在しているという事を意味しています。この環境をベースとするイノベーションエコシステム構築活動を推進する中で、ATRが保有する3つの強みである「創出力」「改善力」「目利力」を適用していくことにより、「研究機関の視点でのイノベーションエコシステム発展に寄与」することが実現できると考えています。
    本講演では、上述の視点でATRのグローバルイノベーションエコシステム構築活動を解き明かすことにより、“「研究機関の視点でのイノベーションエコシステム発展への寄与」とは?”に対する答えを探っていきます。

  • テーマ講演(無線・通信) 10/6(金) 13:30-14:00

    無線による通信と電力伝送の共存にむけた取り組み

    適応コミュニケーション研究所 所長
    横山 浩之

    録画はこちらから

    電波を使用した空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム(WPT)は、電池や電力配線なしに無線で小電力を伝送するものであり、デバイスの設置場所や可動範囲の自由度を大きく改善する技術として期待されています。さらに5Gなどで利用されているビームフォーミング技術などにより同時多数送電も可能となる事から利用ニーズが高く、無線通信でも利用される920MHz帯、2.4GHz帯および5.7GHz帯の3バンドにて制度化が進んでいます。本講演では、実用化が進むWPTと無線通信が共存するための要件を整理し、解決すべき技術課題を抽出して、WPTと無線通信を協調させる枠組みについて述べます。特に、電力伝送が無線通信に与える影響と無線通信が電力伝送に与える影響に大きな非対称性があることに注目し、MAC制御やスケジュール通知の有無に場合を分けて、周波数の利用を調停し干渉を回避するための現実的なアプローチを解説します。

  • テーマ講演(生命科学) 10/6(金) 14:00-14:30

    科学・工学の新たなモデリング言語としての圏論

    佐藤匠徳特別研究所 客員研究員
    丸山 善宏

    録画はこちらから

    現代は「知の分断」や「知の断片化」の時代であると言われることがあります。そのような傾向は何もいま突然始まったことではなく、物理学者のヘルムホルツは、19世紀後半の時点で「サイエンスの全体を見渡し、その糸の一本一本を束ねて、全体の向きを見出せるものは誰もいない」、また「個々の研究者の持ち場はいつよりも小さな一領域に制限されており、隣接する領域についてさえその知識は不完全なものとなっている」という今日よく耳にする嘆きにも似た考えを表明しています。近年、科学や工学において新たなモデリング言語として用いられるようになってきた数理言語である圏論は、知を構造として抽象化することで、異種の知の間の構造的な連関を明らかにするものです。また圏論は、抽象化を通じて知をその本質に凝縮してコンパクトに表現することを可能にします。
    歴史的には、圏論は20世紀中葉に代数トポロジーの発展の中で生まれ、その後早々に集合論に代わる新たな「数学の基礎」としてその地位を確立しました。数学基礎論(論理学)から計算機科学が生まれたように、数学基礎論としての圏論は直ちに計算機科学に応用され、20世紀後半の(所謂アメリカ型に対するユーロ型の)理論計算機科学の主要な方法論的基盤となりました。同時にこれらの発展と手を携えて、純粋圏論がそれ自体の確固たる理論として確立され、高次元圏論などの圏論の更なる拡張が生まれて行きました。今世紀に入ると科学の他分野への応用、特に物理学(量子力学・量子計算)への応用が顕著な成功を収め、科学の合成的モデリング言語として新たな地位を獲得しました。こうして圏論的科学の射程は論理学、情報学、そして物理学へと段階的に拡張されて行きました。これら三領域における圏論的科学の展開のスピンオフとして、更に言語学、人工知能、経済学や社会選択理論への応用が生まれました。
    このように振り返ると、圏論はここ50年程の間に「数学基礎論としての圏論」から「科学基礎論としての圏論」へと急速に変貌を遂げてきたことが分かります。諸科学への進出と並行して、高次圏論に基づくホモトピー型理論のような、更に新しい種類の数学基礎論としての圏論も生まれてきました。世界的には圏論的テクノロジーを根幹に据えるスタートアップまで現れてきています。本講演では、圏論とその科学・工学応用の近年の展開についてなるべく分かりやすくご紹介いたします。