プレスリリース

2009年9月2日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所

回転角速度依存信号が検出できる
半導体レーザジャイロチップの開発に世界で初めて成功

株式会社国際電気通信基礎技 術研究所(略称:ATR、代表取締役社長:平田 康夫)は、独立行政法人情報通信研究機構(略称:NICT、理事長:宮原 秀夫)の、「民間基盤技術研究促進制度」に係る研究開発課題「シームレスな位置情報検出を実現する角速度センサチップの研究開発」(平成16年度~平成 20年度)において、半導体チップ上に集積化した、リングレーザジャイロを製作し、世界で初めて回転角速度依存信号をとらえることに成功しました。これは 超小型・高精度で量産可能な角速度センサチップ実現につながる重要な結果です。本研究成果は、本年9月開催の宇宙科学技術連合講演会(京都大学・9月9 日)、秋季応用物理学会学術講演会(富山大学・9月10日)、電子情報通信学会ソサエティ大会(新潟大学・9月15日)にて発表いたします。

【背景】
 航空機の安全な航行を支える自律的位置情報検出装置*1において、ジャイロは必須の角速度センサです。リングレーザジャイロ(RLG)は、光速度不変の 原理に基づく相対論的効果(サニャック効果*2)を利用して、物体の回転角速度変化を基準なしに検出できる角速度センサです。現在実用化されているRLG は地球の自転よりもゆっくりした回転を検出できるほど優れていますが、He-Ne(ヘリウム・ネオン)放電管を使用したり、特殊なガラスの加工や、超高精 度ミラー等の光学部品を用いた精密な組立調整が必要なため、大変高価であり、重く、量産化が困難という欠点があります。このためRLGを半導体チップ上に 集積化できれば、量産化や小型化が可能な高精度角速度センサが実現できると期待されています。しかしながら、半導体レーザでは光とレーザ媒質間の非線形相 互作用*3が強く、光共振器の閉じ込め効率(Q値)*4が低いため、そのようなRLGは実現困難なものと考えられてきました。

【今回の成果】
 ATRでは、非線形相互作用を低減させ、光の閉じ込め効率を飛躍的に向上できる、アクティブ・パッシブ構造*5の半導体リングレーザチップを作製し(図 1)、リング内を周回する光の強度変化から回転角速度依存の信号を検出することに世界で初めて成功しました(図2)。これは実際に半導体RLG角速度セン サチップが実現可能であることを示唆した結果であり、世界で初めて半導体チップ上で相対論的効果であるサニャック効果を捉えた結果ともいえます。

【今後の展開】
 今回の成果は半導体RLG角速度センサチップでの実現性を検証したものです。次のステップとして、正確に角速度を測定するためには、サニャック効果によ り生じる時計回りと反時計回りの光の周波数差を検出しなければなりません。今回の成果をもとに、角速度をサニャック効果によるビート信号として取り出すた めの研究開発を進めます。角速度センサチップが実現できれば、ロボット、車、携帯端末等にも搭載することができます。将来的には、GPS(Global Positioning System)と協調することで、GPS信号が届かない地下街、建物内、ビル街、トンネル等でも航空機のように自律的な位置情報検出を行うことができま す。得られた位置情報・姿勢情報を用いて、豊かで便利で安全な情報サービスへの展開が可能となります。


【公開の概要】
第53回宇宙科学技術連合講演会
日時:9月9日   
場所:京都大学(京都市左京区吉田二本松町) 吉田南構内 吉田南総合館北棟
講演番号 1D-15  “半導体素子を用いたリングレーザジャイロの研究開発” 
http://www.jsass.or.jp/spnavcom/53ukaren/annnai/Ukaren2009_annai.html

2009年秋季 第70回応用物理学会学術講演会
日時:9月10日 9:00~12:00
場所:富山大学(富山県富山市五福3190番地)共通教育棟 
講演番号 10a-G-3 “モノリシック集積化半導体リングレーザジャイロチップの試作“
講演番号 10a-G-4 “モノリシック集積化半導体リングレーザジャイロにおけるサニャック効果による
発振光強度の変化”
http://www.jsap.or.jp/activities/annualmeetings/index.html

2009年電子情報通信学会ソサエティ大会
日時:9月15日 13:00~17:00
場所:新潟大学(新潟市西区五十嵐2の町8050番地) 工学部207講義室
講演番号:C-3-21  “モノリシック集積化半導体リングレーザジャイロチップの設計と試作”
講演番号:C-3-22   “モノリシック集積化半導体リングレーザジャイロチップにおけるウィンキング現象の観測”
講演番号:C-3-23  “半導体ファイバオプティックリングレーザジャイロにおけるウィンキング現象と
              その共振器面積依存性”
http://www.toyoag.co.jp/ieice/S_top/s_top.html





【用語 解説】
*1 自律的位置情報検出装置(慣性航法装置)
航空機に代表される飛翔体に搭載される装置で、GPSなどの外部信号を得ることなく、自らの位置、速度を算出する装置。通常、加速度センサと角速度センサ を組み合わせることによりつくられている。角速度センサは自身の姿勢や方位を求めるため、加速度センサは加速度を求め、積分することで速度や移動距離を算 出するために使用される。

*2 サニャック効果
回転するリング型導波路において、時計回り(CW)の光と反時計回り(CCW)の光に、回転角速度に比例する位相差が生じる効果。 リングレーザジャイロでは、その位相差をCW光とCCW光間の周波数差として測定することで、高感度な角速度検出を可能にしている。

*3 非線形相互作用
レーザ媒質の非線形効果により生じる現象。特に半導体レーザでは、CW光とCCW光がエネルギー(利得)の奪い合いを行い、どちらか一方しか発振しなくな るという現象(モード競合現象)が生じる。さらにCW・CCW光間の周波数差がなくなる現象(ロックイン現象)も生じる。これらの作用のため、半導体を レーザ媒質とするリングレーザジャイロの実現は困難であると考えられてきた。

*4  閉じ込め効率(Q値)
共振器の閉じ込めの強さを表す指標。媒質による散乱・吸収の強さにも依存する。

*5 アクティブ・パッシブ構造
光を増幅または吸収する領域(アクティブ領域)と光と反応しない領域(パッシブ領域)からなる構造。1つの半導体ウエハから再成長技術と微細加工技術を駆使して作製される。


<本件 問い合わせ先>
㈱国際電気通信基礎技術研究所(ATR)経営統括部 広報担当 野間・福森
電話:0774-95-1172 / FAX:0774-95-1178
https://www.atr.jp/index_j.htm