プレスリリース

2011年 6月15日


MEG(脳磁計)とfMRI(機能的MRI)による計測を統合して
脳活動を高精度に可視化するソフトウェアを無料公開


株式会社国際電気通信基礎技術研究所
脳情報通信総合研究所

 株式会社国際電気通信基礎技術研究所 (以下「ATR」、社長:平田 康夫) 脳情報解析研究所 (所長:佐藤 雅昭)は、 時間分解能に優れた脳計測である脳磁図(MEG)と空間分解能に優れた脳計測である機能的核磁気共鳴画像(fMRI)との統合により、 共に高い時間・空間分解能で脳活動を可視化するソフトウェアVBMEG(Variational Bayesian Multimodal EncephaloGraphy) をインターネット上(http://vbmeg.atr.jp/)で世界に向けて、 平成23年6月15日無料公開いたしました。
なお、本成果は独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究「複数モダリティー統合による脳活動計測技術の研究開発」 の一環によるものです。

VBMEGは、fMRIデータ処理に標準的に使われるSPM(Statistical Parametric Mapping, University College London)と同様、 神経科学の分野で普及しているプログラミング言語・MATLABベースのソフトウェアです。 初心者でも使いやすいグラフィカル・インタフェースを備えており、 プログラムの実行やプロジェクトの管理を直観的に行うことが出来ます。また、fMRIデータが計測できない場合でも、 MEGデータのみから脳活動源の可視化が可能です。MEGの代わりに脳波(EEG)データにも適用することができます。

MEGおよびfMRIの計測サービスを行っているATR脳活動イメージングセンタ(BAIC)を利用すれば、 計測から解析まで一貫したサポート(有料)を受けることも可能です。 また、BAIC主催のVBMEG講習会を定期的に開催する予定です。 VBMEGは、世界的な脳科学の研究拠点であるATRで10年近い歳月をかけ、解析と実験の専門家が連携を取りながら研究開発され、 非侵襲脳計測による神経科学の基礎研究から応用研究まで幅広く利用されています。 利用例として、平成22年10月にプレスリリースされました“脳活動計測で「指先の動きをPC上に正確に再現する」技術開発”や、 注意を向けている時の脳の活動パターンの解明、脳波を用いたニューロフィードバック訓練などが挙げられます。

この無料公開により、多くの脳研究者に利用いただき、脳研究の活性化や、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース) 等の応用研究の発展に寄与したいと考えています。

「階層変分ベイズ推定法(VBMEG)」の解説

 VBMEGが出力する脳活動は、脳表面(皮質)上の電流強度です。MEGは電流が作る磁場を、 fMRIは神経細胞の代謝による血流変化を捉えるものであり、電流強度は直接計測できず、 これらの情報から推定する必要があります。MEGで観測された磁場から脳神経電流を推定する逆問題は、 推定すべき電流パラメータ数よりもセンサ数が少ないため解くのが困難な不良設定問題(地面に映った影(2次元) から物体形状(3次元)を推定する問題と相似)となっており、これを解くためには、神経科学的に妥当な拘束条件 (たとえば影が人間/犬/猫のものであるという拘束)を加える必要があります。これまで、等価電流双極子法、 最小ノルム法など様々な解法が提案されてきましたが、まだ誰もが認める決定的な方法はありません。
 我々は高精度の脳活動推定を実現するために、時間分解能に優れたMEG(ミリ秒単位)と空間分解能に優れたfMRI (ミリメートル単位)を確率的に統合する階層変分ベイズ推定法を開発してきました[1]。
この方法では、不良設定性を解消するために、fMRI活動情報を電流強度に対する事前情報として導入し(拘束条件1)、 また電流源の分散を観測データから推定し電流強度の大きな場所を絞り込みます(拘束条件2)。 これらの拘束により電流推定精度が飛躍的に向上しました。 また、fMRI活動情報は階層的に柔らかな拘束条件の形で導入されているため、 たとえMEGデータと完全には対応していないfMRI情報が与えられても、事前情報が何もないときよりも良い電流推定が可能です。
 これまで本手法は神経科学の基礎研究からBMI(ブレイン・マシン・インタフェース)という応用、 さらにはリアルタイムBMIを用いた基礎研究まで幅広く利用され、色または動きへの注意の向け方による脳活動の違いの解明[2]、 視覚刺激に対する視覚野活動の高時間空間分解能推定[3]、音韻知覚における発話関連領野の役割解明[4]、 指先の素早い動きの脳活動からの再構成[5]など、多数の研究成果がすでに一流論文誌で発表されています。





            階層変分ベイズ推定(VBMEG)
視覚刺激に対する視覚野活動の高時間空間分解能推定
:400 ms毎に切り替わる視野刺激を右上、右下、左下、 左上と連続して被験者に提示した時の脳活動。視野の上下左右は、後頭部の大脳皮質(視覚野) に上下左右が反転して表現されていること(レチノトピー)が知られており、 レチノトピーに従った脳活動が正しく推定されている。

「VBMEG」のグラフィカル・インタフェース
【VBMEGの特長】
・MEGとfMRIを組み合わせることにより高い時間・空間分解能で脳活動を可視化できる
・初心者でも使いやすいグラフィカル・インタフェース
・ATRのソフトウェア開発者がインターネットフォーラムで質問に答えるので、安心して使える
・ATR脳活動イメージングセンタ(BAIC) 主催のVBMEG講習会を定期的に開催する予定


MEGデータの空間マップと時系列表示



推定電流の大脳皮質上空間マップと時系列表示


【参考論文】
[1] M. Sato, T. Yoshioka, S. Kajihara, K. Toyama, N. Goda, K. Doya, M. Kawato,
Hierarchical Bayesian estimation for MEG inverse problem.
NeuroImage. 23, pp. 806-826, 2004
階層変分ベイズ法(VBMEG)を提案して、その有効性を示した論文

[2] K. Shibata, N. Yamagishi, N. Goda, T. Yoshioka, O. Yamashita, M. Sato, M. Kawato.
The Effects of feature attention on prestimulus cortical activity in the human visual system.
Cerebral Cortex, 18, pp. 1664-1675, 2007.
注意を色又は動きに向けているときの脳活動パターンの違いをVBMEGを用いて解明した論文

[3] T. Yoshioka, K. Toyama, M. Kawato, O. Yamashita, S. Nishina, N. Yamagishi, M. Sato,
Evaluation of hierarchical Bayesian method through retinotopic brain activities reconstruction from fMRI and MEG signals
NeuroImage, 42, pp. 1397-1413, 2008.
時間的に変化する視覚刺激に対して視覚野における活動をVBMEGで高精度推定した論文

[4] D. Callan, A. Callan, M. Sato, M. Kawato,
Premotor Cortex Mediates Perceptual Performance.
NeuroImage, 51, pp. 844-858, 2010
音韻知覚における発話関連領野の役割をVBMEGによる解析で解明した論文

[5] A. Toda, H. Imamizu, M. Kawato, M. Sato
Reconstruction of two-dimensional movement trajectories from selected magnetoencephalography cortical currents by combined sparse Bayesian methods.
NeuroImage, 54, pp. 892-905, 2011.
MEG脳活動による指先の素早い動きをVBMEGを用いて再構成することに成功した論文