プレスリリース
2026年 5月 13日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
うつ病の反芻症状に特異的に作用する脳機能結合
ニューロフィードバック
〜BMIを用いた精密医療への道を拓く〜
『Translational Psychiatry』に掲載(2026年4月22日オンライン掲載)
ニューロフィードバック
〜BMIを用いた精密医療への道を拓く〜
『Translational Psychiatry』に掲載(2026年4月22日オンライン掲載)
【本研究成果のポイント】
✔ うつ病の治療は、患者によって症状も原因となる脳の異常も異なるにもかかわらず、現状では多くの患者に同じ治療が提供されています。本研究では、fMRI[1]を使って脳活動をリアルタイムに訓練する技術(機能的結合ニューロフィードバック、FCNef[2])を用いてこの問題にアプローチしました。
✔ FCNefを用いた訓練によって脳の特定部位間のつながりが健常者のパターンに近づくほど、「ぐるぐる思考(反芻思考)[3]」が改善されました。一方で、不安症状には同様の関連性が見られませんでした。これは特定の機能結合の変化がそれと関連する症状だけに精密に効いたことを示す重要な発見です。
✔ また、訓練を連続した日程で行い、かつ報酬を高く設定した条件が最も効果的であることも明らかになりました。これはBrain-Machine Interface(以下BMI)技術の臨床応用に向けた設計の指針として重要です。
✔ 本成果は、個々の患者に合わせた精密医療への新たな道を拓きます。
【概 要】
うつ病(大うつ病性障害、MDD)は、世界的に大きな疾病負担をもたらす疾患の一つです。しかし、既存の治療を受けても、患者の30~50%は十分な治療効果が得られていません。同じ診断名であっても、症状の現れ方や、その背景にある神経メカニズムは患者によって異なります。それにもかかわらず、現在の標準的な治療法である抗うつ薬などは、多くの患者に対してほぼ同一の方法で提供されています。本研究では、fMRIを用いたリアルタイム・ニューロフィードバック技術「FCNef」によって、脳の特定の機能的結合[4]を標的として訓練することで、それに関連した症状のみが特異的に改善されることを示しました。合計68名のうつ傾向のある参加者を対象に、背外側前頭前野(DLPFC)-後帯状皮質・楔前部(PCC)間の機能的結合をターゲットとしたFCNefを実施しました。その結果、この結合が健常者のパターンに近づくほど反芻症状が顕著に減少しました。一方で不安症状には同様の関連性は見られませんでした。また、デフォルトモードネットワーク(DMN)と実行制御ネットワーク(ECN)[5]の間の機能的結合もFCNef後に有意に変化することを初めて示しました。さらに、報酬スケジュール(高/低)と実験スケジュール(連続/非連続日)というパラメータの違いが訓練効果に影響することを明らかにしました。
【背 景】
●うつ病治療における個別化医療の必要性世界保健機関(WHO)は、うつ病が2030年までに世界全体の疾病負担の最大の原因となると推定しています。現在、治療を受けているうつ病患者のうち30〜50%は治療に十分な反応を示しません。同じ診断を受けた患者であっても、症状のサブセットは異なり、それぞれ異なる神経メカニズムが関与しています。しかしながら、治療は依然として画一的であることが多く、たとえば第一選択薬として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が広く使用されていますが、治療反応率を向上させるには、患者個人の差異を考慮することが不可欠です。このような問題に対し、BMIを活用して個々の神経の異常を特定し、それを標的とした個別化治療の開発が進められています。
●機能的結合ニューロフィードバック(FCNef)とは
こうした課題を解決するアプローチの一つが、MRIを使った脳活動のリアルタイム・ニューロフィードバック技術「FCNef」です。FCNefでは、MRI装置の中で参加者に脳の特定部位間の「つながりの強さ」をリアルタイムで視覚的に提示し、それを望ましい状態に変化させるよう自発的に訓練します。ちょうど、画面上のゲームのキャラクターを自分の脳で動かす感覚に近いものです。私たちの研究グループはこれまでの研究で、背外側前頭前野(DLPFC)と後帯状皮質・楔前部(PCC)という二つの脳領域の機能的な結合(つながり)がうつ病の反芻症状と関連しており、FCNefでこのつながりを訓練することで反芻が改善する可能性を示してきました(ⅰ)。本研究はその知見の確固たる再現と拡張、そして最適な訓練条件の探索を目的としました。
【研究内容】
●参加者と実験の構成うつ傾向のある(ただし未診断の)68名の成人が本研究に参加しました。参加者は3つのグループに分けられ、報酬の多寡(高/低)と訓練日程(連続/非連続)の組み合わせが異なる条件で実験が行われました。実験は計5日間と1、2ヶ月後のフォローアップで構成されました。
●ニューロフィードバックトレーニング
FCNef訓練では、参加者はMRI装置に横になり、目の前の画面に映し出された緑の円を「できるだけ大きくする」よう求められました(図1参照)。実際には、参加者の脳活動がリアルタイムでコンピューターに送られており、特定の脳のつながりが健常者のパターンに近づくほど円が大きく表示される仕組みです。自分なりの方法を試しながら脳活動を変えていく中で、脳の状態を自発的に調整する力が徐々に身についていきます。

図1. 脳機能結合ニューロフィードバック(FCNef)のイメージ図
●ぐるぐる思考だけが改善:精密な効果を実証
まず、FCNefによってターゲットとなった2つの部位の機能的つながりだけではなく、二つの大きな脳ネットワーク(実行制御ネットワークとデフォルトモードネットワーク)の間のつながりも有意に変化することが、今回初めて示されました(図2a)。そして、FCNef後にDLPFC-PCC間のつながりが健常者のパターンに近づいた参加者ほど、ぐるぐる思考(反芻)の症状が大きく改善されることが確認されました(図2b)。一方、不安症状については、脳領域間のつながりの変化の度合いと症状改善との間の関連が見られませんでした。この結果は、本技術が狙った脳のつながりに関連する症状にだけ精密に作用したことを示しています。

図2. FCNefによる脳のつながりの変化と症状改善の精密な対応関係。 (a) ターゲット部位(DLPFC-PCC)だけでなく、より広い脳ネットワーク間の機能的結合(つながり)もFCNef後に有意に変化した。(b) DLPFC-PCC間のつながりが健常者パターンに近づくほど反芻症状(橙色)は改善されたが、不安症状(緑色)には同様の関係は見られなかった。
●連続日程+高報酬が最も効果的(図3)
さらに研究グループはもっとも訓練効果の高い最適な訓練条件の同定を試みました。3群の比較の結果から訓練を連続した日程で行い、かつ報酬を高く設定したグループにおいて最も安定してFCNefスコアが向上し、スコアのばらつきが減少しました(図3、ピンク色)。このグループでは、脳のつながりの改善と反芻症状の改善の関係も最も強く確認されました。

図3. FCNef訓練日ごとのスコアの変化(全68名)。スコアはFCNefセッション中のパフォーマンスを反映しており、スコアが高いほどDLPFC-PCC間のつながりの変化がより成功していることを示している。 (a) 平均スコアの推移:連続日程・高報酬グループ(ピンク)のみが訓練日を通じてスコアが有意に向上した。(b) スコアのばらつき(標準偏差)の推移:同グループのみで訓練とともにばらつきが有意に減少し、脳のコントロールが安定したことを示している。
【本研究の意義と今後の展望】
今回の結果は、特定の脳の機能的なつながりを訓練で変えることで、関連する症状だけを精密に改善できることを、より多くの参加者データで改めて確認できたものです。現在の治療ではすべての患者に同じ薬が処方されることが多いですが、将来的には外来で脳をスキャンし、その人の症状に関わる脳の異常だけを標的に訓練する時代が来るかもしれません。今回の結果は、そのような治療を現実のものにするための重要な一歩です。今後は、(1)実際にうつ病と診断された患者への応用(ⅱ)、(2)より手軽なEEG(脳波)による在宅での訓練実現(ⅲ)、(3)複数の症状に同時に対応できる高度な訓練手法の開発、などが課題として挙げられます。これらの発展により、個々の患者に合わせたオーダーメイドの精神科治療が実現することが期待されます。
論文情報
掲載誌:Translational Psychiatry論文名:Paving the way for precision treatment of psychiatric symptoms with functional connectivity neurofeedback.
著者:Taylor JE, Oka T, Murakami M, Motegi T, Yamada T, Kawashima T, Kobayashi Y, Yoshihara Y, Miyata J, Murai T, Kawato M, & Cortese A.
DOI:https://doi.org/10.1038/s41398-026-04040-3
研究グループ
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR):テイラー・ジェシカ※1、岡大樹※2、村上未紗、茂木智和、山田貴志※3、コルテーゼ・アウレリオ※4、川人光男京都大学大学院医学研究科:河島孝彦、小林祐子※5、吉原雄二郎、宮田淳※5、村井俊哉
※1デューク大学と兼任
※2大阪大学・テュービンゲン大学・マックス・プランク生物サイバネティクス研究所と兼任
※3大阪大学・昭和医科大学と兼任
※4成均館大学校・韓国基礎科学研究院(韓国)と兼任
※5愛知医科大学と兼任
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)課題番号JP24wm0625502、JP24wm0625204、JP18dm0307008、JP17dm0107044、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業課題番号24K22822、ならびに防衛装備庁安全保障技術研究推進制度課題番号JPJ004596の支援を受けて実施された。お問い合わせ先
(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)総務部 広報チーム〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2(けいはんな学研都市)
Tel: 0774-95-1176 Email:pr
atr.jp<引用文献>
(ⅰ) Taylor, J. E., Yamada, T., Kawashima, T., Kobayashi, Y., Yoshihara, Y., Miyata, J., Murai, T., Kawato, M., & Motegi, T. (2022). Depressive symptoms reduce when dorsolateral prefrontal cortex-precuneus connectivity normalizes after functional connectivity neurofeedback. Scientific Reports, 12(1), 2581.
(ⅱ) Takamura, M., Okada, G., Kamishikiryo, T., Itai, E., Kato, M., Motegi, T., Taylor, J. E., Yoshioka, T., Kawato, M., & Okamoto, Y. (2023). Application of functional connectivity neurofeedback in patients with treatment-resistant depression: A preliminary report. Journal of Affective Disorders Reports, 14(100644), 100644.
(ⅲ)Keynan, J. N., Cohen, A., Jackont, G., Green, N., Goldway, N., Davidov, A., Meir-Hasson, Y., Raz, G., Intrator, N., Fruchter, E., Ginat, K., Laska, E., Cavazza, M., & Hendler, T. (2019). Electrical fingerprint of the amygdala guides neurofeedback training for stress resilience. Nature Human Behaviour, 3(1), 63–73.
<補足説明>
[1] fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging, 機能的磁気共鳴画像法)
酸化型と還元型ヘモグロビンの磁化率の違いを利用して、粗く言えば、脳全体の血流量の変化を画像化する技術。酸化型と還元型ヘモグロビンの量の違いは脳活動の度合いを反映しているため、この画像を解析することで、各脳部位の活動度合いを推定することが可能。[2] 機能的結合ニューロフィードバック(FCNef)
fMRIで計測した脳の2領域のBOLD信号の相関をリアルタイムに算出し、その値をフィードバックとして参加者に提示することで、参加者が自分の脳活動を自発的に制御することを促す技術。ニューロフィードバックの中でも「機能的結合」をターゲットとする点が特徴。[3] 反芻思考
過去の出来事や自分の感情について、否定的な内容を繰り返し考え続けてしまう思考パターン。うつ病の主要な認知的特徴の一つ。[4] 機能的結合(Functional Connectivity; FC)
脳の異なる領域間のBOLD信号の時系列の相関を指す。2領域の活動が協調して変動する場合、正の機能的結合があるとされ、逆位相で変動する場合は負(反相関)の機能的結合があるとされる。[5] デフォルトモードネットワーク(DMN)・実行制御ネットワーク(ECN)
DMNは安静時に活発になる脳ネットワークであり、自己参照的思考・記憶・将来の想像などと関連する。ECN(前頭頭頂ネットワーク)はワーキングメモリや認知制御などの高次認知機能を担う。健常者ではDMNとECNは逆位相で活動する(反相関)が、うつ病患者ではこの反相関が弱まることが知られている。
