プレスリリース


短期と長期の運動記憶の画像化に成功
早く学んですぐ忘れる・ゆっくり学んで長く記憶 その違いはどこに?

1.発表者:
スムシン・キム(Northwestern University Feinberg School of Medicine研究員)
小川健二   (北海道大学大学院文学研究科 准教授/株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)認知機構研究所 連携研究員)
ジンチ・レヴ (University of Southern California Marshall School of Business准教授)
ニコラ・シュバイゴファー(University of Southern California Division of Biokinesiology and Physical Therapy 准教授)
今水 寛   (東京大学大学院人文社会系研究科 教授/株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)認知機構研究所 客員所長)

2.発表のポイント:
◆人間の脳における短期と長期の運動記憶を画像で捉えることに成功しました。
◆理論的に示されていた短期と長期の運動記憶の存在を、脳活動計測と数理モデルを組み合わせて実証しました。
◆練習効果が長く残るトレーニングやリハビリテーションへの応用が期待されます。

3.発表概要:
試験前の一夜漬けのように、早く覚えたことはすぐ忘れてしまいますが、自転車の乗り方のように時間をかけて練習したことはずっと覚えています。このように、短期と長期の運動記憶が脳内に存在することは、これまで理論的に示されていました。しかし、脳のどのような場所が短期と長期の運動記憶に関係しているのかは謎でした。
 東京大学大学院人文社会系研究科の今水寛教授(ATR認知機構研究所客員所長)は、北海道大学大学院文学研究科の小川健二准教授、南カリフォルニア大学のニコラ・シュバイゴファー准教授らとともに、短期と長期の運動記憶が、脳の異なる場所に保存される様子を、世界で初めて画像として捉えることに成功しました。これは、機能的磁気共鳴画像(functional magnetic resonance imaging: fMRI)法という脳活動の計測方法と数理モデルを組み合わせることで可能になりました。
 人間の行動を外から観察しているだけでは、短期的に記憶しているのか、長期的に記憶しているのか解りません。表面的にはうまくできているように見えても、記憶は長く残らないかも知れません。今回開発した方法は、脳の内部状態を推定して、どれくらい長期に残る記憶なのかを予測することができます。脳の状態をモニターしながら、練習効果が長く残る効率的なトレーニングやリハビリを行うことが期待されます。

4.発表内容:
背景

一般に、短期間で覚えたことはすぐに忘れますが、長期間で覚えたことは長く記憶に残ります。スポーツなどの運動学習でも同様ですが、脳内には短期から長期までのさまざまな時間スケールの運動記憶が存在すると言われています。このため、あることを学習するとき、始めは短期的な記憶を使って素早く学習しますが、練習時間が長くなると長期的な記憶を使い、長く記憶を残せるようになります。例えば、いちど練習してできるようになった運動のやり方を忘れてしまっても、2回目に練習するときは、1回目より早くできるようになります。これは、短期の記憶が失われても、長期の記憶が残っているからと考えられています。このように、時間スケールの異なる記憶が脳に存在すると考えると、運動学習のさまざまな現象が説明できることが、理論的に示されてきました。しかし、脳のどの場所が短期の記憶を担当し、どの場所が長期の記憶を担当しているのかは解りませんでした。

研究内容
実験参加者(21名、20-50歳:平均年齢27.6歳、女性6人を含む)にfMRI装置の中で、ジョイスティックを操作してもらいました(図1)。参加者が学習する課題は2つあり、課題①は、ジョイスティックを、右斜め上(−40°)の方向に正確に動かすことで、課題②は左斜め上(40°)の方向に動かすことです。それぞれの課題を9回ずつ交互に練習することを約300回繰り返します。参加者は、それぞれのやり方を覚えたり忘れたりしながら、やがて両方の課題を正確にできるようになります(図2A)。

このようにして得た行動データ(図2A)からは、脳の中で短期と長期の記憶が、どのように変化していたのか、すぐには解りません。そこで、数理モデルを使って、行動データを解析します。このモデルは」すぐに学習してすぐに忘れる」短期的な記憶から、」学習は遅いが、いつまでも覚えている」長期的な記憶まで、段階的にさまざまな時間スケールの記憶を備えたモデルです。モデルを行動データに当てはめることで、練習中に短期と長期の記憶がどのように変化していたかを推定することができます(図2B)。

次に、モデルから得られたさまざまな記憶の時間変化(図2B)と、同じような変化をしていた脳の場所はどこにあるかを、回帰分析という統計的な方法(注1)を用いて調べました。その結果(図3)、1)数秒で学習して数秒で忘れる非常に短期的な記憶には、前頭前野や頭頂葉の広い場所が関係していること、2)数分から数十分で学習して忘れる中期的な記憶は、頭頂葉の中でも限られた部分が関係していること、3)1時間以上かけて学習し、ゆっくり忘れる長期的な記憶は小脳が関係すること、などが明らかになりました。この結果を動画にすると、練習時間とともに、運動の記憶が脳内をダイナミックに移動する様子を見ることができます(www.l.u-tokyo.ac.jp/~imamizu/pbio.movをご覧ください)。

上記の結果は、記憶の時間スケールに関して、脳の場所ごとに異なるタイプ(早く学習して早く忘れるタイプなど)があることを示しています。最後に、脳の中にいくつのタイプがあるかを、特異値分解という統計的な方法(注2)で調べました。その結果、4つの主なタイプがあることが解りました。その内訳は、早く学習して早く忘れるタイプが2つ、遅く学習していつまでも記憶するタイプがひとつ、中間的なタイプがひとつでした。このような手法を用いて、あることを学習するときに、いくつの記憶タイプが脳内に存在するかを定量的に調べることができます。

今後の展望
本研究の一部は科研費・新学術領域研究」脳内身体表現の変容機構の理解と制御」の一環として行われました(領域代表:太田順・東京大学人工物工学研究センター教授)。この領域研究では、数理モデルや脳活動を用いて、脳の状態をモニターしながら、効率的なリハビリテーションを行う方法を開発することを目指しています(モデル・ベースト・リハビリテーション)。今回開発した方法は、脳の内部状態をモニターしながら、練習効果が長く残るリハビリテーションを行うことが期待され、モデル・ベースト・リハビリテーションの実現に向けて大きく前進したと言えます。また、運動学習に限らず、外国語や数学などさまざまな種類の学習において、同様の方法で、短期と長期の記憶の場所や時間スケールの違いを解明し、効率的な学習プログラムを開発することに役立つと考えられます。

本研究の一部は、日本学術振興会科研費26120002から助成を受けました。また、本研究の一部は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムにより実施された」BMI技術を用いた自立支援、精神・神経疾患の克服に向けた研究開発」、および、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」の成果です。

5.発表雑誌:
雑誌名:PLOS Biology(オンラインジャーナル)日本時間12月9日(水)午前4時公開予定
論文タイトル:Neural substrates related to motor memory with multiple timescales in sensorimotor adaptation.
著者:Sungshin Kim†, Kenji Ogawa†, Jinchi Lv, Nicolas Schweighofer *, Hiroshi Imamizu(†共同筆頭著者、* 責任著者)
DOI番号:10.1371/journal.pbio.1002312 アブストラクトURL(論文公開日時までアクセスできません):
http://www.plosbiology.org/article/info:doi/10.1371/journal.pbio.1002312

6.注意事項:
掲載誌の報道解禁規定により、日本時間12月9日(水)午前4時 (米国東部時間:12月8日(火)午後2時)以前の公表は禁じられています。

7.問い合わせ先:
東京大学 大学院人文社会系研究科 心理学研究室
教授 今水 寛
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel: 03-5841- 3861 (研究室) or 03-5841-3858 (直通)、 Fax: 03-5841-8969
imamizu@l.u-tokyo.ac.jp
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/psy/index-j.html

(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)経営統括部
広報担当 藤村
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
Tel: 0774-95-2524、 FAX: 0774-95-1178、 kikaku@atr.jp
http://www.atr.jp/index.html

8.用語解説:
(注1)回帰分析:
複数の変数の関係性を解析する方法。本研究では、ある脳の場所における活動の強さの時間変化(従属変数)と、モデルから推定した記憶の強さの時間変化(独立変数)の関係を解析することに用いています。
(注2)特異値分解:
複雑なデータを、少数の特徴的な要素に分解する統計手法のひとつ。

添付資料: 図1~3 
図1
【図1】実験参加者がfMRI装置の中で行った運動学習課題
学習課題は2種類あり、課題①では、正確に右斜め上(−40°:青の矢印)方向にジョイスティックを動かし、課題②では左斜め上(+40°:赤の矢印)方向に動かした。課題①と②を9回ずつ交互に練習した。


図2
【図2】実験参加者が練習中にジョイスティックを動かした方向(A: 行動データ)と、数理モデルを使って推定した記憶の形成過程(B: 脳の内部状態)
(A)は、21人の参加者を平均した結果。始めは+40°/−40°の方向(赤と青の点線)に動かせないが、練習が増えるにつれて+40°/−40°の方向に正確に動かせるようになる。比較のために0°の方向に動かす条件もあり、灰色の丸はそのときにジョイスティックを動かした方向を示す。(B)は、さまざまな時間スケールの記憶が形成されるプロセスを示す(数理モデルで推定)。一番上は、想定した範囲で、最も短期の記憶(”すぐ学習してすぐ忘れる”)、一番下が最も長期な記憶(”なかなか学習しないが、いつまでも覚えている”)。その間は短期から長期まで連続的に変化する。


図3
【図3】短期から長期の異なる運動記憶が脳内に分布する様子。
脳を右斜め後ろから見た図。練習時間が増えるにつれて、左の図から右の図へと運動記憶に関係する脳の場所が変わる。連続的に変わる様子はムービーを参照(www.l.u-tokyo.ac.jp/~imamizu/pbio.mov)。