プレスリリース

乳がんが肝臓の遺伝子発現の概日リズムを乱すことを発見
~乳がんが生体や臓器に影響する仕組みの理解に期待~
平成29年4月6日
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所 (ATR)
Tel:0774-95 -1176(広報担当)

ポイント
  • がんは、肝臓肥大など、正常臓器にさまざまな影響を及ぼすが、その仕組みは明らかになっていない。
  • 乳がんが肝臓の遺伝子発現の概日リズムを乱すことをマウスで発見し、これらがさまざまな肝臓生理の異常を引き起こす可能性を示した。
  • 根治の見込まれる治療を受けられない場合でも、がんの個体への悪影響を制御しながら、、「がんとの共存」を実現する手法を開発するための基盤情報になると期待される。
 JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 佐藤ライブ予測制御プロジェクト(佐藤 匠徳 研究総括/株式会社国際電気通信基礎技術研究所(以下「ATR」) 佐藤匠徳特別研究所 所長)の河岡 慎平 グループリーダー(ATR 佐藤匠徳特別研究所 主任研究員)らは、乳がんが個体に与える影響の1つとして、「肝臓の概日リズム注1)遺伝子の発現パターンのかく乱」を発見しました。
がん研究の進展に伴い、さまざまな新しい治療法が確立されつつあります。しかし、全てのがん患者が根治の見込まれる治療を受けられるわけではありません。本研究グループでは、がんが個体に悪影響を与える仕組みを理解し、これを制御することで、がんと共存できる手法を発見することを目指しています。
地球上のほぼ全ての生物には、明暗周期に対応した約24時間周期のリズムがあり、これを概日リズムと呼びます。本研究グループは、マウスの乳がんモデルを解析することで、乳がんが肝臓の遺伝子発現の概日リズムを乱すことを発見しました。リズムが乱れる遺伝子の特徴に着目してさらに実験を行った結果、酸化ストレスの上昇やDNA含有量の増加、肝臓肥大など、乳がんが肝臓に多様な生理的異常を引き起こすことを明らかにしました。
本研究成果は、根治が見込まれる治療を受けられない場合でも、がんが個体に与える影響を制御しながら、がんとの共存を実現するような手法が開発される基盤情報となることが期待されます。
本研究は、東京大学、国立循環器病研究センター、統計数理研究所と共同で行われました。
本研究成果は、2017年4月5日(米国東部時間)に科学誌「Oncotarget」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO) 研究プロジェクト:「佐藤ライブ予測制御プロジェクト」 研究総括:佐藤 匠徳(株式会社国際電気通信基礎技術研究所 佐藤匠徳特別研究所 所長) 研究期間:平成25年10月~平成31年3月  上記研究課題では、生命現象の多階層システムの「根底にある支配的メカニズム」を解明し、さらに多階層システムの破綻と疾患との因果関係を明らかにします。そして、多階層システムの全体像から個別の現象までが統合的に捕らえられる「いきものの設計図」を作成することを目指しています。。

<研究の背景と経緯>
分子生物学の発展により、細胞ががん化する分子メカニズムの理解が深まり、医療に応用されるようになってきました。例えば、あるがんの直接的な原因となる遺伝子変異を発見し、そのような変異を持つ変異たんぱく質だけに効く薬剤を作り、その変異遺伝子の働きを抑えることで、がん細胞を殺すことができます。しかし、がんは治療に対する抵抗性を獲得することがあります。また、抗がん剤を用いた治療には副作用が伴います。このようなさまざまな理由により、全てのがん患者が根治を望めるような治療を受けられるわけではありません。2人に1人ががんに罹患するような時代にあって、これらのことは問題です。一方で、がんが正常臓器に与える影響は、大部分が謎に包まれています。例えば、がんの影響により肝臓が肥大することが知られていますが、その仕組みはよく分かっていません。

<研究の内容>
 本研究グループは、マウスに乳がん(4T1モデル:悪性度の高い「トリプルネガティブ」タイプ)を移植するモデルを用いて実験を行いました。このモデルの利点は、がんによる正常臓器への影響を経時的に解析できることです。乳がんを移植後、転移や明らかな異常が起きる前の段階で、肝臓や肺、腎臓、心臓といった主要臓器における遺伝子発現パターンを網羅的に記録しました。その結果、肝臓において、Nr1d1という遺伝子の発現に異常が認められました。
 地球上のほぼ全ての生物には、約24時間、つまり、明暗周期に対応したリズムがあり、これを概日リズムと呼びます。遺伝子によって、DNAから写し取られるRNAやたんぱく質の量そのものに約24時間の周期が存在するものがあり、マウスの肝臓では、1,000以上の遺伝子の発現パターンに概日リズムがあることが分かっています。Nr1d1はさまざまな概日リズム遺伝子のリズムを生み出す「上位の時計遺伝子注2)」として有名な遺伝子です。そこで、本研究グループは、「乳がんが肝臓の概日リズム遺伝子の発現パターンをかく乱する」という仮説を立て、網羅的遺伝子発現解析注3)と、バイオインフォマティクス、数理モデルを用いてさらなる解析を行いました。例えば、Osgin1注4)という遺伝子は、本来はマウスが明所条件に置かれてから(朝が来てから)23.9時間後に発現のピークを迎える遺伝子です。しかし、乳がんを持つ個体では、Osgin1遺伝子の発現のピークが明所条件に置かれてから2.7時間後になっていました。また、E2f8注5)という遺伝子の発現ピークは、乳がんを持たない個体と持つ個体で実に10.7時間、つまりほぼ半日もずれており、発現パターンが「昼夜逆転」していることが分かりました。以上の結果から、乳がんを持つ個体の肝臓では、概日リズム遺伝子の一部の発現パターンが乱れていることが明らかになりました。
 概日リズム遺伝子のリズミカルな発現は、全体として調和がとれていてこそ意味があります。ある遺伝子はルール通りに発現し、ある遺伝子ではそうではない、というような調和がとれていない状態は、肝臓にある種の不均衡、局所的な時差ぼけ状態を生み出すものと考えられました。そこで、発現が乱れた遺伝子が関連している生理学的反応に着目して、さらに実験を重ねたところ、乳がんが肝臓に酸化ストレス注6)の上昇をもたらすこと、肝細胞のDNA含有量を増加させ、細胞のサイズを大きくすること注7)、そして、肝臓を肥大させることが分かりました。肝臓の肥大はがん患者に広く認められる症状で、その詳しい分子メカニズムは分かっていませんでしたが、本研究成果から、その分子メカニズムが「概日リズム遺伝子の発現パターンの乱れ」である可能性が示唆されました。

<今後の展開>
 本研究により、乳がんが肝臓の概日リズム遺伝子の発現パターンに独特な影響を与えることが分かりました。一方で、概日リズム遺伝子の発現パターンの乱れが直接的に肝臓の細胞レベルでの異常(DNA量の増加や細胞サイズの増大)を生み出すか、という問題に関しては、今後の検証が必要です。本研究が発展することにより、乳がんが肝臓に与える影響の分子メカニズムが理解され、生体や臓器への影響を制御しながら、がんと共存できるような手法を開発する基盤情報となることが期待されます。


<参考図>
図 本研究の概念図
乳がんの移植により肝臓の概日リズム遺伝子の発現が乱れる。発現の乱れにはいくつかパターンが存在し、それらは、「位相のずれ」「完全な破綻」「昼夜逆転」に分けられた。発現が乱れた遺伝子が関連している生理学的反応に着目してさらに実験を行ったところ、図で示したようなさまざまな肝臓生理の異常を発見した。

<用語解説>
注1)概日リズム
地球上のほぼ全ての生物には、約24時間、つまり、明暗周期に対応したリズムが存在し、これを「概日リズム」や「サーカディアンリズム」と呼ぶ。概日リズムには、行動、生理、代謝など、さまざまなレベルのリズムが存在する。分子レベルの概日リズムとして挙げられるのが「遺伝子発現」の概日リズムである。遺伝子によって、DNAから写し取とられるRNAやたんぱく質の量そのものに約24時間の周期が存在する(発現パターンに概日リズムがある)ものがあり、マウスの肝臓では、1,000以上の遺伝子の発現パターンに概日リズムが存在することが分かっている。

注2)上位の時計遺伝子
遺伝子発現パターンの概日リズムは、いくつかの転写因子の働きによって作られることが分かっている。転写因子とは、転写(DNAからRNAへの情報の読み取り)において働くたんぱく質の総称である。Nr1d1はリズムを生み出す転写因子の1つであり、そのような機能を持つ転写因子を、「コアクロック」や「(上位の)時計遺伝子」などと呼ぶ。

注3)網羅的遺伝子発現解析
ヒトを含む全ての生物の遺伝情報はデオキシリボ核酸(DNA)のかたちで存在する。DNAからリボ核酸(RNA)が読み取られ、RNAからたんぱく質が作られる。知られている全ての遺伝子のRNA量(発現量)を記録することを、網羅的遺伝子発現解析という。得られたデータを解析する手法として、バイオインフォマティクスや数理モデル解析が挙げられる。

注4)Osgin1
酸化ストレスの程度とその発現量が相関することが知られている遺伝子(参照:注6)。

注5)E2f8
肝細胞の倍数性(polyploidy、参照:注7)を制御する転写因子。

注6)酸化ストレス
生体内では、例えば化学反応の副産物として、しばしば活性酸素が発生する。活性酸素はDNAの変異源となるなど、生体ストレスの原因の1つであり、生物の身体には、有害でありうる活性酸素を除去する仕組みや、活性酸素が原因で起こるイベントを抑制するような仕組みが存在する。このバランスが崩れてしまうと、酸化ストレスが上昇する。

注7)肝臓細胞のDNA含有量の増加と細胞サイズの増大(polyploidization)
生物の身体に存在するほぼ全ての細胞には、父親由来と母親由来の染色体セットが含まれており、このセットを持つ細胞を2Nと記述することがある。細胞が分裂する際には、1つの細胞の中でDNA含有量が2倍(4N)になり、これが2つに分かれることで、2Nの細胞が2つできる。興味深いことに、細胞によっては、4N、8NとDNA含有量を倍加させただけで分裂をしないことがあり、これを、倍数化(polyploidization)と呼ぶ。肝細胞の場合には、正常な状態であっても2N、4N、8N...の細胞が混在しているが、本研究では、乳がんによって4Nの細胞が増えることが判明した。また、肝細胞のサイズは2N<4N<8Nのように、DNA含有量に比例して大きくなることも分かっており、実際、乳がん移植によって、肝細胞のサイズは増大していた。

<論文タイトル>
“Remote reprogramming of hepatic circadian transcriptome by breast cancer.”
(乳がんが肝臓の概日リズム遺伝子の発現パターンをかく乱する)

著者: Hiroaki Hojo (ATR/ERATO), Sora Enya (ATR/ERATO), Miki Arai (ATR/東京大学), Yutaka Suzuki (東京大学),Takashi Nojiri(国立循環器病研究センター/大阪大学), Kenji Kangawa(国立循環器病研究センター), Shinsuke Koyama(統計数理研究所), Shinpei Kawaoka (ATR/ERATO, 責任著者)

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
河岡 慎平(カワオカ シンペイ)
ERATO 佐藤ライブ予測制御プロジェクト グループリーダー
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 佐藤匠徳特別研究所 主任研究技術員
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2
Tel: 0774-95-2312 Fax:0774-95-2329
E-mail: skawaoka@atr.jp

<JSTの事業に関すること>
大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:eratowww@jst.go.jp

<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 広報担当
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2
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