ATRのあゆみ
  ATRは、産学官の幅広いご支援、ご尽力のお蔭をもって1986年に発足し、本年35周年を迎えることになりました。
  設立の経緯から株式会社としての発足となり、民間企業ではできないような夢のある基礎的、 先駆的研究を進める他に例を見ないユニークな民間の研究機関として研究活動を進めています。 設立当初の基盤技術研究促進センターからの出資スキームが2000年度に終了したこともあり、 経営環境は厳しい状況に陥り、存亡の危機もありましたが、関係各位の温かいご支援・ご協力、優秀な先輩諸兄・研究者の努力等により、 着実に研究成果をあげ今日に至っています。 また、研究成果の事業化展開についても、未だATR関連会社は、グループを支える孝行息子にまで成長してはいませんが、着実に進展しているところです。
  1985年に我が国の電気通信事業を規定していた公衆電気通信法が廃止され電電公社が民営化されることになり、 新会社NTT株式の政府保有分(全株式の1/3)を用いて、民間活力によって基礎・先端研究を進めるための支援法人として「基盤技術研究促進センター (Japan Key Technology Center, 略称KTC)が設立されました。
  一方、京都、大阪、奈良に跨る丘陵地帯に関西文化学術研究都市を建設する構想が関西経済連合会(以下関経連)を中心として進められており、 その中核施設としてKTCからの出資を得て電気通信に関わる先端的な基礎技術研究所を設立する構想が浮上してきました。
  この基礎技術研究所の設立構想を具体化するため、図1に示すように、1985年3月に郵政省、NTT、関経連主要会社、 大学等からなる「電気通信基礎技術研究所設立準備研究会(座長:熊谷信昭大阪大学総長)が設立されました。 1985年10月には、同準備研究会の検討結果を踏まえて、KTCに対して出資申請を行うため「国際電気通信基礎技術研究所設立準備会(会長:稲山嘉寛経団連会長、 副会長:日向方齊関経連会長)が設置され、そのもとに技術委員会(座長:長尾真京都大学教授)および事務局が置かれ、研究推進体制、 マスタープラン等具体的な諸事項が検討されました。

図1.ATR誕生に至る経緯

  以上述べたような経緯を辿り、ATRはKTCと民間企業からの出資を仰いで、 民間企業ではできないような夢のある基礎的・先駆的研究を進める民間の研究所として産声をあげることになりました。 ATR創設にあたって、 関経連始め推進にご尽力いただいた関係者の方々にとっては研究所形態を株式会社とすることは心外であったようで、関経連は、 設立準備研究会発足にあたって、1985年4月1日付けの研究会設置の趣旨として以下のような見解を示されています。
   「この研究所は基盤技術研究促進センターから出資・融資を仰ぎ、株式会社として設立しようという構想である。 本来、株式会社は利益追求を目的とするものであり、基礎研究を主目的とする研究所としては不適当だが、 センターからの出資を受けるには株式会社が条件ということなので、 百歩譲って、株式会社方式を受け入れようとするものである。」
  さらに、KTCの出資事業は、その原資が産業投資特別会計によるものであり、研究資金の上限が70%、 出資期間は7年以内、特に認める場合は10年と定められており、 KTCと民間による研究開発会社への出資は2001年まで続きました。

ATR設立の目的、基本理念
   設立準備会での検討結果を踏まえ、ATR設立の目的に鑑み図2に示す4項目がATRの基本理念として設定されました。 これらのうち①の理念は、電気通信分野を情報通信(ICT)分野と読み替えることでATR誕生以来35年間 ATRが取り組んでいる研究開発分野そのものを指しています。 ②については、民間の研究所や公的研究機関等から数多くの優秀な研究人材が出向等の形態でATRに籍を置き、大学等の外部研究機関と緊密な連携により、 我が国のみならず世界の CoE (Center Of Excellence)を目指して研究活動を進めています。 オープンイノベーションセンターの役目を担う仕組みをいち早く取り入れた民間の研究機関と言えます。 ③の国際社会への貢献については、先進的な研究成果で世界に貢献するとともに、ATR設立以来、海外のトップレベルの研究機関や大学との研究交流、 人材交流を積極的に進めてまいりました。常時ATRの全研究者のうち20%以上は外国籍の研究者という国際色豊かな研究活動を続け、ATR設立以来の累計で68か国、 2,786名の外国籍研究者を受け入れています。2000年代以降叫ばれるようになったグローバリゼーションの先駆と言えます。 ④の「関西文化学術研究都市の中核的役割を担う」という理念は、関経連始め関係各位のご尽力、 ご支援のもと本学研都市第一号の研究機関として誕生したATRにとっての自明の責務であり、 ここ数年日本でも注目されるようになった3つの要素 Environment(環境)、Social(社会)、 Governance(企業統治)を重視する“ESG経営”を35年前に提唱いたしました。
   このように、ATRは、誕生以来現在に至るまで設立時に設定された基本理念を踏まえて会社事業運営、研究開発活動を進めているところです。

図2.ATRの基本理念
 
株式会社国際電気通信基礎技術研究所と4研究開発会社の設立
  設立準備会の下に設置された技術委員会及びその技術事務局が中心となってマスタープランの作成が行われ、 以下の4つの研究テーマを取り上げるのが相応しいとの結論が示されました。
・知的通信システムの基礎研究
・自動翻訳電話の基礎研究
・視聴覚機構の人間科学的研究
・光電波通信の基礎研究

  当初これらの研究を一つの組織体で行う計画でしたが、KTC出資制度では、出資額の上限枠が設定されていたため、研究プロジェクト毎に対応して4つの研究開発会社(R&D会社)とそれらR&D会社に対して人的・物的・資金的支援を行う研究推進企業体ATR-Iの5社体制でスタートすることになり、 1986年3月にATR-I*が、4R&D会社が同年4月に設立されました。それら5社の会社業務や研究活動は、 3年後の1989年4月に現研究所が学研都市に完成するまで、大阪城近くに位置する新築のツイン21ビルにて進められました。
(*ATR-I:ATR International、 ㈱国際電気通信基礎技術研究所)

ATRの設立総会


入社式での記念写真


図3.KTC制度下のATR-Iと4R&Dによる事業体制

現研究所施設の完成
   3年間の大阪市内での暫定研究所を得て1989年4月に関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)の第1号研究施設として現研究所が開所しました。 竣工当時は、まともな道路もなく山林を切り開いた土地に約2年の歳月をかけて学研都市第1号研究所の未来を象徴する様々な工夫を凝らした研究施設として完成されました。 特に、研究所の建設に当っては、その後に進出が計画されている研究施設のモデルとなるよう、快適な研究活動、触れあい、コミュニケーションの促進、 緑豊かな環境の維持などにきめ細かく配慮されました。

ATRけいはんな研究所建設時の全景

また、国内外から集まった優秀な研究者が効率よく円滑に研究活動ができるよう、 研究活動をサポートする環境・仕組みについても様々な配慮がなされました。 例えば、国内外の研究所や大学を結ぶインターネット環境をいち早く整備し、海外の大学や研究機関との共同研究や研究連携を進める上で役立てることができました。 また、今では研究活動はもとより企業等の事務作業を進める上で常識となっていますが、研究所内にLANを張りめぐらせ、ワークステーション、サーバー、プリンター等をLANでつなぐことにより効率的な研究活動、研究連携に役立てました。
 さらに、国内外から第一線で活躍されている著名な研究者を招待してATRにて人工知能などに関する国際会議を数々開催するなどして、 世界の研究者との交流の場を提供しました。


図4.研究活動をサポートする研究支援ツール例

4R&D会社において研究開発を推進
設定された4つの研究テーマは、いずれも将来の技術革新の芽となり、幹となり、花を咲かせる、奥行きの深い、 先見性に優れた研究分野であることは論を待たないところです。 NTT研究所始め、大学、公的研究機関、企業等からそれら4研究分野に精通した研究者、技術者の精鋭が集まり、研究活動が開始されました。 図5に示すように通信システム研究所では臨場感通信やソフトウエア自動生成技術の研究が、 自動翻訳電話研究所では音声認識・翻訳・合成技術の研究が取り上げられました。 また、光電波通信研究所では例えば腕時計型の携帯電話の実現を目指した移動通信技術の研究、 衛星間を光で結ぶ光衛星間通信システムなど時代の先取りをする研究テーマが取り上げられました。 視聴覚機構研究所では人間の視聴覚情報処理の仕組みを解明する基礎的研究や人工知能、ニューラルネットワークの研究が進められました。 人工知能の研究は、1980年代中頃その第2のブームが到来し、人間の脳に学びその手法を応用することにより様々な課題の解決につながるとの研究者の認識のもと、 国内外で研究が積極的に進められました。 ATRにおいても、設立以来ニューラルネットワークを最重要研究テーマの一つとして取り上げ、音声・言語処理、画像処理、 ロボット、機械学習等の分野において数々の研究成果を挙げ、国際的にも高い評価を得てきました。

図5.4R&D会社の主要な研究テーマ



ATR設立間もない時期の研究成果事例

  国際的に高い評価を得た一例として、米国の著名なビジネス雑誌”Business Week”の記事があります。 Business Week誌が1997年に行ったアンケートに基づく記事”The World's Leading Information Technology Research Laboratories”という特集で、 人工生命や人工知能を含む研究分野でATRは、MITやStanfordと肩を並べて世界第4位にランクされています。 1978 年に出された同様の特集と比較して上位ランクの顔ぶれはATR以外はほとんど同じでした。 ATRが設立から10年余の短期間で世界のCoEとしてこのような高い評価を受けたのもATRにおける研究の進展の証であると言えます。


図6.人工生命アプローチによりハードウェアの進化をシミュレーション

ATRでは、その後、脳の活動原理をより深く知り、脳機能の仕組みを解明するとともに、 脳と機械あるいは情報ネットワークを直接つなぐ新しいインターフェース(BMI)へと研究領域を拡げ、 さらにその成果をリハビリテーションや医療、ヘルスケアに応用することも目指して研究開発を進め現在に至っています。
   KTCの出資制度では出資期間は7年以内、特に認める場合は10年と定められており、自動翻訳電話研究所と視聴覚機構研究所は1992年に終了を、 通信システム研究所と光電波通信研究所が1995年に終了を迎えることになり、それぞれの研究成果をより発展させるため、 人間情報通信研究所、音声翻訳通信研究所、知能映像通信研究所、環境適応通信研究所が設立され、 2001年にKTC出資制度が終了するまでこれら4R&D会社体制で研究活動が継続されました。


図7.ATRの研究に対する国際的評価例

ATR一社体制への移行
  2001年、KTC出資制度が終了し研究資金が途絶えることになり、ATRは創立15年目にして存亡の危機に陥ることになりましたが、 新たに通信・放送機構(TAO、現NICT)のもとで民間基盤研究促進制度が発足し、関係各位のご努力、ご支援により、 同制度にアプライすることにより研究の継続が可能になりました。 このような研究資金源の変更を始めとしてATRを取り巻く環境の変化に柔軟に対応するため、2001年のKTC出資終了をもってATR一社体制に改組し、会社運営、研究活動の効率化、迅速化を図ることとしました。
  TAO による研究促進制度は、KTCによる出資と同様に政府の産業投資特別会計によるもので、5年の時限で研究プロジェクトが順次終了を迎え、 2009年度に全て終了することになりました。それまでの研究開発成果を活かし、知財収入、 事業化収入などによって健全な会社運営をするのが株式会社としての望ましい姿、理想的な姿ではありますが、現実にはかなわず、それまでの研究成果を活かし、 発展させるための新たな研究資金の確保が急務となりました。特定のファンディング機関のみからの研究資金で運営する事が困難な状況となり、 様々なファンディング機関からの競争的研究資金等の公募に応募し、選ばれて研究資金を得るマルチファンドスキームに舵を切ることになりました。


図8.通信・放送機構(TAO)下の事業体制
(2002-2009年度)


各方面から研究資金を獲得マルチファンド化を推進
  脳情報科学に関しては、1996年に科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO)の研究総括にATR川人研究員(現研究所長)が選ばれました。 ERATOとは、卓越した研究能力とマネジメント能力を備えた研究者を研究総括とし、時限的に取り組むプロジェクト制の研究システムで、 「川人学習動態脳プロジェクト」と題して2001年まで進められ、大脳皮質・大脳基底核・小脳の統一学習モデルの研究等において新しい研究成果を得るとともに、 理論を実証するため、「30自由度を持ったヒューマノイドロボットDB」を開発、見まね学習、前庭動眼反射、平滑性眼球運動などの実装に成功しました。 さらに本ERATOに続く脳関連研究プロジェクトとして、2004年にJST国際共同研究(ICORP)を開始、 身長155cm、体重85kg、51自由度の柔らかな関節を持つ等身大のヒューマノイドロボットCBiを開発し、 「サルの大脳皮質活動により制御されたロボットの二足歩行実験の成功」など世界トップレベルの研究成果をあげてまいりました。
  その後、ERATOに関しては、生命科学の分野で2013年に佐藤匠徳ATR特別研究所長が「佐藤ライブ予測制御プログラム」と題する研究プログラムの研究総括に選ばれ、 続いて2014年には石黒浩ATR特別研究所長が「共生ヒューマンロボットインタラクション」の研究総括に選出され、 生命科学やコミュニケーションロボットの分野で我が国の革新的、先駆的科学技術の発展に寄与しています。

ERATOプロジェクトのもとでヒューマノイドロボットを開発


ATRにて開発した人型ロボット各種

  ライフサポートロボットに関しては、1998年に日常活動型ロボット“Robovie”シリーズの第一号の開発を行うなど、 いち早く研究開発に着手し、2002年には、NTT、東芝、NECなどと共同で総務省からネットワーク・ロボットの大型プロジェクトを受託し、 さらにそれに続く大型研究プロジェクトとして、2009年度よりユビキタス・ネットワーク・ロボットのプロジェクトを受託し、 障害者や高齢者等の日常生活を支援するロボットの実用化に向けて、実環境下での実証実験、国際標準化などを含めて諸々の課題の解決に大きく貢献しました。 さらに、本物そっくりの人型ロボットの開発についても時代の先を行く数々の成果を収めています。

無線通信分野については、2005年以降電波利用料制度の「電波資源の拡大のための研究開発」への複数件の応募が採択され、 そのもとで現在に至るまでNTT研究所やKDDI研究所等との緊密な連携のもと、 周波数の効率的な利用方法やそれを実現するためのコア技術等の研究開発を推進しているところです。
  政府系研究資金については、上記以外にも、ATRは、大学や外部研究機関等との連携により、文部科学省、 経済産業省、環境省、厚労省、内閣府、科学技術振興機構(JST)、日本学術振興会(JSPS)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、 等から数多くの競争的研究プロジェクトを受託して研究活動を進めているところです。
  また、民間企業との共同研究開発も積極的に進めています。例えば、ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン社との共同研究を進め、 考えるだけでロボットを制御するBMI(Brain Machine Interface)技術の開発に成功するなど世界をアッと驚かせる研究成果をあげています。   さらに、ATRがこれまでに培った研究の成果を発展させ国家的プロジェクトに育てる仕組みとして2006年からNICTのユニバーサルコミュニケーションプロジェクトが実施され、 脳情報科学、臨場感通信、音声翻訳の研究者が本プロジェクトの下で研究活動を進め、 その成果を踏まえて2009年より臨場感通信および音声翻訳の研究開発に関わったATRの研究者総勢50余名が、NICTに完全移籍することになりました。 ATRとしては、設立以来、数々の研究成果を生み出した多くの優秀な研究者を手放すとともに、研究規模を縮小せざるを得なくなったことを残念に思う一方で、 優秀な研究者、素晴らしい研究業績が今後一層の発展が期待される政府系の研究機関で大きく花開くことを期待しているところです。
  脳情報科学に関しては、情報通信研究機構及び大阪大学との連携による研究センター、 “脳情報通信融合研究センター(Center Information and Neural Networks : CiNET)が2010年3月に設立され、 ATRからもユニバーサルコミュニケーションプロジェクトのもとで脳情報科学の研究に取り組んでいた計10数名の精鋭の研究者が2011年、2013年に移籍することになりました。 CiNETは、医学、工学等情報通信以外の多岐にわたる分野の研究者も参画する産学官連携の融合研究を目指した研究センターであり、 ATRとも緊密な連携を図りつつ研究が進められています。
  以上に述べたようなATRを取り巻く環境の変化によって、 研究資金の総額は、KTC出資制度の時代と比較して大幅に縮小し金額的には厳しい状況となりましたが、 その範囲内で着実に世界トップレベルの研究開発成果を挙げ現在に至っているところです。

研究成果の事業展開
  基礎研究といえども研究成果の社会還元が重要なことは言うまでもありません。ATRでは、その第1号として、 自動翻訳電話の研究用として開発した音声データベースの販売を1987年に始めました。 その後、ATRの研究開発成果の普及・販売を目的として開発室を設置し、 音声データベースに加えて英語聞き取り学習教材“ATR Hearing School”などの販売を開始しました。 さらに、2002年にパートナー企業とのリエゾン(橋渡し)の重要性に鑑み、技術リエゾンセンタと名称変更するとともに、 音声や画像データベース販売に加えて、ATRで開発した音声合成ソフト”WizardVoice“や目、鼻、 口のリアルタイム検出ソフト”accFace“の販売を進めました。

図9.ATRグループの事業展開スキーム
(2009年度)

  2004年には、研究成果展開をより積極的に進めるための施策としてグループ会社構想が立てられ、 その中核となる成果展開会社ATR-PromotionsをATRの100%出資によって設立しました。ATR-Promotionsでは、研究開発成果の技術移転業務、 新製品の開発、販売、新事業の開拓などを積極的に行い現在に至っています。また、 2000年にATRに設置された脳活動イメージングセンタを2006年にATR-Promotions内の組織として取り込み、脳研究者への支援業務を進めています。
  ATRの研究成果を活かして製品開発を行い、それを販売するベンチャー会社の設立を積極的に進めてまいりました。 その第1号会社として2005年にATRの最先端ロボット技術をもとに開発したRobovieを販売するATR-Roboticsを設立しました。 同社は、2012年6月にATR Creativeと社名変更を行い、ロボット関連商品の販売に加えてスマホやアンドロイド端末用の地図関連アプリなどの開発、 サービス提供などを行っています。2005年には、音声技術移転業務と音声データベース販売を行う子会社“ATR-Lang”も設立しました。 同社は、その後2007年に携帯電話のソフト開発などを行う株式会社フュートレック社の資本参加を得て、ATR-Trekと社名変更を行い、 音声翻訳・認識技術の開発、販売を行い、順調に業績を伸ばしています。また、2008年に、 ATR創設以来取り組んできた視聴覚機構の研究成果を活かして開発した語学学習システムの製品開発と販売を目的として、 文教市場に強い株式会社内田洋行と共同出資で”ATR Learning Technology”を設立しました。さらに、2009年に、 ATRのセンサー技術と解析技術に基づいて開発した運転技能評価システムの販売を目的として“ATR-Sensetech”を設立しました。 ATR設立時から取組んでいた音声翻訳技術及び外国語学習システムの研究開発から事業化に至るプロセスを示したのが図10及び図11です。
  これらATR子会社および他企業との共同出資会社の中に厳しい経営状況で悪戦苦闘している会社もあり、 廃業せざるを得なくなった企業もありますが、成長を続けている企業もあります。 ただ、孝行息子として親会社の研究開発資金を補うまでには未だ至らず、今後の成長を期待しているところです。

図10.外国語学習システムの研究開発から事業化への流れ


図11.ATR音声翻訳技術の研究開発から事業化への流れ

事業化加速に向けた取り組み
  さらに研究開発成果の事業化を加速させるため、また外部の研究機関や企業との連携を深め外部資金を活用する仕組みを実現するために 2015年2月に「けいはんなATRファンド」(けいはんな学研都市ATRベンチャーNVCC投資事業有限責任組合、出資約束金額47億円)が設立され、 ベンチャー投資を伴うATR研究成果の事業化推進を始めました。 2021年3月時点でロボット分野を中心に、IT/IoT、脳科学/AI、無線通信分野等の15社に投資を行い、着実に投資成果が得られています。
 また、2016年にはけいはんな学研都市が企業や研究機関の連携を促して新産業を創出する国の補助事業(JST)に応募し2016年9月に採択されました。 けいはんな学研都市が提案するプログラムは、i-Brain(脳・人間科学技術)にAI、ビッグデータ解析、IoTなどの最先端ICTを融合した「ココロの豊かさ」を創出する技術開発を通じて 社会課題の解決を図ると共に、新たな事業を創生して経済活動の活性化に寄与することを目的としています。 ATRは本事業のうち事業化支援の部分で中核的な役割を担っており、けいはんな学研都市をオープンイノベーションと実証実験の場とすべく、 ニューヨーク、イスラエル、バルセロナ、カナダ、インド等のイノベーション拠点との連携を強化し、事業創出に繋げました。
2016年度に開始した国の補助事業は2019年度に終了しましたが、その成果を引き継いで「けいはんなリサーチコンプレックス推進協議会」を発足させ、 国内外の産・学・官・金・住の連携の下、最先端の研究開発、社会実証、事業化、人材育成を統合的に展開し、 国外206機関を含む543機関と連携・協力関係を結んで、グローバルなオープンイノベーション拠点掲載を目指して活動を続けています。

図12.けいはんなリサーチコンプレックスの活動概要と両首脳ご臨席によるカナダでの調印式

  ATRは、先駆的な基礎研究を担う研究機関ではあるものの株主から出資を仰いでいる株式会社です。 研究成果を事業収入に結び付けることが大切です。図13にATRにおける研究成果の事業展開に向けたあゆみを示しています。 同図にも示しているように、ATRは、研究成果展開を進めるための子会社・孫会社の設立、シナジー効果が発揮できる企業との共同出資会社の設立、 ベンチャー企業への出資、研究成果展開のための外部資金の導入、等を積極的に進めています。 まだまだ研究活動を支えるまでの収益を得るには至っていないのですが着実に成長しています。


図13.研究成果の事業展開に向けたあゆみ

研究開発の拠点化
  設立当初から取り組んできた人工知能、脳情報科学、コミュニケーションロボット、音声認識・翻訳技術、無線通信技術に加え、 2013年からは生命科学への取り組みを始めるなど研究領域の拡大に努め、着実に研究成果を挙げてまいりました。
特にATRが1986年の設立以来取り組んできた人工知能や脳情報科学については近年公的研究機関や政府系ファンド機構などにおいて大型プロジェクトとして研究開発が進められており、 ATRはその中核的な研究拠点(CoE)のひとつとして、それら研究機関等と連携を密にしつつ研究活動を進めています。


図14.ATRを中心とした人工知能・脳情報科学の研究拠点化(2018年現在)

さらに、ATR創立以来進めてきた無線通信システムの研究開発に関しては、新たな技術開発に加えて人材、研究者の育成が我が国にとっての重要課題となっています。 総務省においても、2019年に「電波利活用強靭化に向けた周波数創造技術に関する研究開発及び人材育成プログラム」の公募がありました。 本プログラムはオープンな実証研究環境を構築し、ワイヤレス分野の研究者のための中核的研究拠点“電波CoE”を創出する大型プログラムで、 ATRは京都大学ともに応募を行い、同年9月に採択されました。本プログラムは、柔軟でかつ力強い電波利用を支える技術に関する5つの先端的な研究開発を通じて、 高い意識を持つ無線研究者・技術者を育成する4年にわたるものです。


図15.電波CoEによる人材育成と共同研究開発スキーム

35年のあゆみを振り返って
  誕生からの35年間を振り返ってみますと、ATRを取り巻く環境は目まぐるしく変化してきました。 設立後15年間のKTC出資制度及びそれに続くTAOの民間基盤研究促進制度のもとでの潤沢な研究開発費に支えられ、 人工知能や音声翻訳を始めとして情報通信の分野で数々の世界最先端の研究成果を挙げるとともに、次に繋がる数多くの研究シーズを生み出してまいりました。 その後、特定の政府系ファンディング機関から研究資金を得るスキームが継続できなくなりましたが、様々なファンディング機関の競争的研究資金等を獲得することによって、 研究を継続し、発展させ現在に至っています。事業展開につきましても、まだまだ研究活動を支えるまでの収益を得るには至っていないのですが着実に成長しています。 ATRが35年の歳月を経て今あるのは多くの方々のご支援、ご努力のお蔭です。株主様の温かいご理解があってのことです。 先輩諸兄の優れた研究開発成果の積み上げがあってこそです。設立以来、ATRは、国内外から多くの優れた研究人材が集結し、 切磋琢磨しつつ研究活動に励み、数多くの世界トップレベルの研究成果を生み出してきました。 同時に、大学、公的研究機関、産業界などにおいて活躍されている多くの高度人財を育成、輩出し、国内外でのヒューマンネットワークの構築にも大いに貢献しています。 ATRを支えていただいた方々、ご支援、ご指導をいただいた方々に感謝しつつ、次代を担う人達にATRのDNAをしっかりと引き継ぎたいとの思いを強くしています。

図16.ATR設立後の主な出来事


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