プレスリリース
2016年11月22日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)
カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)
ケンブリッジ大学
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)
カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)
ケンブリッジ大学
つらい経験を思いだすことなく、無意識のうちに恐怖記憶を消去できるニューロフィードバック技術を開発
本研究成果のポイント
- 恐怖記憶を和らげるには、恐怖の対象(例えば、自動車事故に関連する赤い車)を繰り返し見せたり、あるいはイメージさせる手法が最も効果的です。しかし、そうした手法自体がストレスになる場合があります。
- 本研究では、恐怖対象への暴露によるストレスを回避すべく、最先端のニューロフィードバック技術(Decoded Neurofeedback, DecNef)を応用し、被験者が無自覚のうちに恐怖記憶を消去することに成功しました。
- 具体的には、スパース機械学習アルゴリズムを用い、視覚野に恐怖記憶の対象を表す空間的脳活動パターンを検出する毎に、被験者に報酬を与える訓練により、恐怖記憶の対象への恐怖反応を緩和することができました。
- 恐怖対象へ暴露する従来法では、恐怖記憶を抑制するメカニズムが働くのに対し、DecNefを用いた場合は、恐怖記憶を単に抑制するのではなく、変容できる可能性がわかりました。
- 本成果は、恐怖記憶研究分野の権威であるDaniela Schiller教授による解説記事と共に、Nature Human Behaviour誌創刊号に注目トピックとして掲載されます。
- 本研究は、総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として実施したものです。
概 要
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(略称ATR)・脳情報通信総合研究所(所長・川人光男)、国立研究開発法人情報通信研究機構・脳情報通信融合研究センター(略称CiNet)(センター長・柳田敏雄)、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(Hakwan Lau准教授)、ケンブリッジ大学などのグループは、被験者につらい経験を思いださせることなく、記憶によって引き起こされる恐怖反応を弱める技術を開発しました。具体的には、小泉愛研究員等は、機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)[1]から脳情報を解読する人工知能技術と、実時間ニューロフィードバック法とを組み合わせました。それにより、被験者の視覚野に恐怖記憶の対象を表す脳活動パターンを検出したときに、被験者に報酬を与えて、恐怖記憶を消去することに世界に先駆けて成功しました。
背 景
強い恐怖を伴う記憶は、忘れることが難しく人を苦しめることがあります。例えば、赤い車に衝突された場合、赤い車を見るたびに恐怖がよみがえってしまうかもしれません。また、そうした恐怖記憶は、トラウマとなり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症に繋がる可能性もあります。恐怖記憶を和らげる従来法の一つは、恐怖対象(赤い車)を繰り返し見せる、あるいはイメージさせるという手法です。この手法は、とても効果的ですが、それ自体がストレスになりえます。恐怖記憶を和らげる効果は保持したまま、その過程におけるストレスを緩和することはできないのでしょうか? 本研究は、恐怖の対象を直接見せることなく、被験者が無自覚のうちに恐怖反応を和らげる技術を開発しました。具体的には、恐怖対象にかかわる視覚野の空間的活動パターンを、人工知能技術の一つであるスパース機械学習アルゴリズム[2]で検出する毎に、被験者に報酬を与えるデコーディッドニューロフィードバック法(Decoded Neurofeedback, DecNef)[3]を応用しました。
本技術は健常者を対象とした基礎研究の段階にありますが、さらに慎重に検討を重ねることにより、従来法よりも治療中のストレスが少ない、新たなPTSDの治療法に繋げられる可能性が期待できます。
また、本成果は、恐怖記憶消去について、新たな科学的な知見をもたらすものです。恐怖記憶を思い起こさせる刺激を直接見せる従来法を用いた場合、前頭前野腹内側部という脳領域の働きにより、恐怖記憶が抑制されることが知られています。この抑制機能はあくまでも一時的なものであり、時間が経過すると、恐怖記憶がよみがえりやすいのが難点とされます。一方、DecNefを用いた本研究では、この前頭前野腹内側部の関与が認められず、その代わりに、報酬にもとづく学習にかかわる線状体という脳領域の関与がみられました。このことから、DecNefを用いることにより、単に恐怖記憶を抑制するのではなく、記憶の痕跡そのものを変容できた可能性があると考えられます。
研 究 内 容
(※約半数の被験者は、赤ではなく緑の図形の尤度が高くなった場合に報酬を受け取りました。よって、本研究の結果は、特定の色(赤)に限定した結果ではないと言えます。)
- ① 図形にまつわる恐怖記憶の形成 前述の①で用いた赤と緑の図形にまつわる恐怖記憶を、安全な古典的実験手法[4]を用いて形成します。被験者は、赤や緑の図形を見る度に、不快な微弱電流を手首に感じるという経験をします。このような不快な経験をすると、 たとえ微弱電流が呈示されていない場合でも、赤や緑の図形を見ただけで恐怖反応が生じるようになります。 実験では、恐怖反応の指標として、身体的な恐怖反応である皮膚発汗反応と、恐怖を司る脳領域(扁桃体)のfMRIで計測した活動量という2種類の代表的な指標を用いました。
- ② 恐怖消去を目的としたDecNef訓練
- ③ DecNef訓練後の恐怖反応のテスト DecNef訓練最終日の翌日、恐怖記憶を消去する効果があったのかを確かめるためのテストを実施します。具体的には、赤と緑の図形に対して被験者がどのくらい恐怖反応を示すかを測定します。前述のように、恐怖記憶を形成した赤と緑の図形のうち、どちらか一方の図形に対する脳活動パターンだけが、DecNef訓練を通して報酬と結び付けられます。もし、DecNef訓練を受けた図形への恐怖反応の方が低下していた場合は、DecNef訓練に恐怖記憶を消去させる効果があると考えられます。次に、実際に実験で得られた結果を示します。
被験者には、「無色の縞の図形が画面に出てきたら、何らかの方法で自身の脳活動を操作し、後に画面に呈示される灰色の円を大きくするようにしてください」と教示します。被験者には、灰色の円の大きさが、訓練後に実際に受け取る金銭報酬の大きさに対応することをあらかじめ知らせます。しかし、 赤または緑の図形の尤度が報酬の大きさに関連することは被験者には知らせません。また、DecNef訓練の目的が恐怖記憶の消去であることも伝えません。つまり、被験者は無自覚のまま、恐怖記憶を消去する訓練に取り組むこととなります。 デコーダ作成:赤や緑の図形の尤度を計測するために、実験ステップ①の実施に先駆けて、視覚野の脳活動パターンから被験者の見ている色を識別できるデコーダを作成します(右図および補足[5])。具体的には、まず、赤い図形と緑の図形を見ている際の視覚野の脳活動を、fMRI装置を用いて計測します。次に、人工知能技術の一種である、スパース機械学習アルゴリズム[2]を用いることにより、計測した視覚野の活動パターンから、赤い図形を表象している尤度と、緑の図形を表象している尤度を推定できるデコーダを作成します。
●DecNef訓練後による恐怖反応の低下
下図に、実験中に実際に観測された恐怖反応として、皮膚発汗(上)と扁桃体活動量(下)を示します。 上下共に、図の左側はステップ①において恐怖記憶を形成した後(DecNef訓練前)の恐怖反応を示しています。
この時点では、赤の図形と緑の図形に対する恐怖反応の強さには違いはありませんでした。
(赤と緑のどちらの図形がDecNef訓練の対象であるかは、被験者により異なりました。)一方、図の右側には、ステップ③において、DecNef訓練後の恐怖反応を測定した際の結果を示しています。DecNef訓練を受けた図形への恐怖反応は、DecNef訓練を受けなかった図形への恐怖反応よりも低下していました。つまり、DecNef訓練には、恐怖記憶の対象への恐怖反応を緩和する効果があることが確認されました。
●DecNef訓練中、被験者は恐怖記憶に無自覚であり、恐怖反応もみられなかった
実験後に実施した調査により、赤や緑の図形を表す脳活動が報酬に関連していることに、被験者は無自覚であったことが確かめられました。また、DecNef訓練中、赤や緑の図形は視覚野の活動パターンとしては再現されましたが、それに対応した恐怖反応は、皮膚発汗でみても、また扁桃体の活動でみても、観測されませんでした。すなわち、DecNef訓練中、被験者がそうとは知らないうちに、あたかも赤や緑を見ているかのような脳活動パターンが、視覚野に起こっていたことになります。被験者がこれらの色の情報に無自覚であったことから、DecNef訓練は、被験者へのストレスが少ない恐怖記憶消去の手法と考えることができます。
●従来法とは異なり、恐怖記憶を単に抑制するのではなく、記憶そのものをポジティブなものに変容させるメカニズムが働いた可能性恐怖記憶を思い起こさせる刺激を被験者に直接見せる従来法で恐怖記憶を消去した場合、前頭前野腹内側部という領域が、恐怖記憶を抑制するようになることが知られています。この抑制機能は、一時的なものであるため、時間が経過すると恐怖記憶がよみがえりやすいと言われています。DecNefを用いて恐怖記憶を消去した本研究では、この前頭前野腹内側部の関与が認められませんでした。その代わりに、上図にあるように、DecNef訓練中には、視覚野そのものだけでなく、報酬にかかわる脳領域(線条体=図中の白円内)に視覚野の赤(または緑)に関する図形の色情報が伝達されていたことが確かめられました。これらのことから、DecNef訓練による恐怖記憶の消去は、従来法とは異なり、前頭前野腹内側部による抑制ではなく、大脳基底核の報酬に関わるメカニズムが関与すると考えられます。本研究は、恐怖記憶を一時的に抑制したのではなく、記憶の痕跡そのものを変容できた可能性があります。
本研究の意義と今後の展望
●科学的意義
本研究は、恐怖記憶を和らげるメカニズムについて、新たな知見を提供しました。DecNef訓練による恐怖記憶消去では、従来法による消去にかかわる前頭前野腹内側部が関与せず、その代わりに、報酬に関わる大脳基底核の領域(線条体)が関与することが分かりました。こうした知見は、恐怖記憶を緩和させる脳内メカニズムが複数存在することを示すものであり、従来よりも多様なアプローチで働きかけることが、恐怖記憶の消去において効果的である可能性を示唆します。●臨床的意義
本人が自覚することなく、恐怖記憶を変容可能であるDecNef技術は、極度な恐怖経験が原因で発症するPTSDの治療法のひとつとして、将来的に応用できる可能性があります。最も効果的なPTSDの治療法とされる暴露療法では、恐怖記憶を和らげるために、恐怖記憶を思い起こさせるものを見せたり、あるいはイメージさせる必要があります。こうした方法は、恐怖記憶を思い起こすことが苦痛となる患者にとって、ストレスになり、治療から脱落する場合があります。従来の暴露療法や薬物療法などと合わせて、DecNef訓練を実施すれば、ストレスを軽減した治療に繋がる可能性が期待できます。●今後の展望
前述のように、本技術には臨床的意義がありますが、現段階では、健常者を対象とした基礎研究の段階にあります。実生活において極度な恐怖記憶を形成された人を対象とするためには、いくつかの技術的な改善が必要となります。まず、本研究では、デコーダを作成するために、実際の図形を被験者に呈示して脳活動を計測しました。しかし、既に実生活において恐怖記憶を形成した人を対象とする場合、そうしたデコーダ作成の手順を苦痛に感じるかもしれません。そこで現在、私たちは、デコーダ作成の手順においてもストレスを軽減する、もしくは与えない手法の開発に取り組んでいます。また、本研究は、安全性を重視し、強くない恐怖記憶を実験的に形成しましたが、実生活で形成された強度な恐怖記憶を消去する際には、 訓練方法をさらに精緻化・最適化していく必要があると考えられます。●倫理面での懸念に対する対応
DecNefが基礎研究や臨床応用に広く浸透する過程で、倫理面に最大限の注意を払う必要があります。本研究では、DecNef訓練中、被験者はフィードバックである灰色の丸を大きくするよう教示されたのみで、脳活動パターンの変化の内容については無自覚でした。被験者が自分で行っている脳活動パターン誘導の内容に無自覚であることは、これまでのDecNef研究に共通して見られる特徴です。この特徴は、基礎研究として有用であり、PTSD等の治療にとって福音となり得る一方で、今後研究が進展するにともない、一歩間違えれば洗脳とみなされる可能性も考えられます。生命倫理の有識者とも協力し、慎重な検討を実施しております。また、医療応用としても新しい技術であるため、DecNef介入の副作用、あるいは症状が逆に悪化するなど有害事象の可能性を慎重に排除する必要があります。このような懸念に対応するため、有害事象の有無を確認、倫理・安全委員による審議を実施し、常に安全性を確認しながら研究を継続しています。
今後、実験や臨床介入を通して得られた知見について随時検討・議論し、その過程において適切な時期に情報公開を実施しながら、新しい基盤技術であるDecNefが安全に社会に浸透するための道筋を整備します。
論文著者名とタイトル
Nature Human Behaviour誌(英国時間・2016年11月21日16:00公開)Ai Koizumi, Kaoru Amano, Aurelio Cortese, Kazuhisa Shibata, Wako Yoshida, Ben Seymour, Mitsuo Kawato, Hakwan Lau: Fear reduction without fear: Reinforcement of neural activity bypasses conscious exposure. Nature Human Behaviour. DOI: 10.1038/s41562-016-0006 (2016).
研究グループ
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)
小泉 愛※ 1、天野 薫※ 1、Aurelio Cortese※ 1、柴田 和久※ 3、吉田 和子※ 1※ 2、Ben Seymour※ 1※ 2、川人 光男※ 1
(※ 1ATRとNICT CiNetの併任、※ 2英国ケンブリッジ大学と併任、※ 3ATR)カリフォルニア大学ロサンゼルス校
Hakwan Lau
研究支援
本研究は、総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として実施したものです(詳細以下に記載)。
また研究参画者の一部は、以下の研究資金からの支援も部分的に受けています。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・脳科学研究戦略推進プログラム「BMI技術を用いた自立支援、精神・神経疾患等の克服に向けた研究開発:DecNefを応用した精神疾患の診断・治療システムの開発と臨床応用拠点の構築」
- 国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究「脳活動推定技術高度化のための測定結果推定システムに向けたモデリング手法の研究開発」
- 米国National Institute of Health (NIH)
- 英国Wellcome Trust
本成果は、以下のプログラムによって得られました。
·内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
http://www.jst.go.jp/impact/
プログラム·マネージャー : 山川 義徳
研究開発プログラム : 脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現
研究開発課題 : 携帯型BMI
領域総括責任者 : 川人 光男
研究期間 : 平成26年度~平成29年度
本研究開発課題では、具体的な社会応用を視野に入れた携帯型ブレインマシンインターフェースの開発と、その脳科学的な妥当性の検証を行っています。
·内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
http://www.jst.go.jp/impact/
プログラム·マネージャー : 山川 義徳
研究開発プログラム : 脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現
研究開発課題 : 携帯型BMI
領域総括責任者 : 川人 光男
研究期間 : 平成26年度~平成29年度
本研究開発課題では、具体的な社会応用を視野に入れた携帯型ブレインマシンインターフェースの開発と、その脳科学的な妥当性の検証を行っています。
■ImPACTプログラム·マネージャーのコメント■
ImPACTプログラム「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」では、脳情報の可視化と制御の技術開発を進め、健康な脳をいつまでも維持できる社会を実現することを目指しています。 川人先生が牽引するプロジェクトは、本プログラムの要となる携帯型ブレインマシンインターフェースの開発を進め、特に、中高年層の認知機能の低下防止と回復を実現するサービス提供を目指すものです。 今回の成果は、脳情報を解読する人工知能技術とデコーディッドニューロフィードバック法とを組み合わせ、被験者の恐怖記憶を消去することに世界に先駆けて成功しました。これは科学的な発見であることはもちろん、これによりストレス回避の糸口を見つけ、新たな脳情報サービスへの大きな一歩を踏み出せたと考えています。
お問い合わせ先
<研究内容に関すること>(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)経営統括部 広報担当 企画
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
Tel: 0774-95-1176, FAX: 0774-95-1178, E-mail: kikaku@atr.jp
https://www.atr.jp/index.html
<ImPACTの事業に関すること>
内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
TEL:03-6257-1339
<ImPACTプログラム内容およびプログラム・マネージャーPMに関すること>
科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K‘s五番町
TEL:03-6380-9012 Fax:03-6380-8263
<NICTに関わること>
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)広報部 報道室
〒184-8795 東京都小金井市貫井北町4-2-1
Tel: 042-327-6923
補足説明
[1] 機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)酸化型と還元型ヘモグロビンの磁化率の違いを利用して、粗く言えば、脳全体の血流量の変化を画像化する技術です。酸化型と還元型ヘモグロビンの量の違いは脳活動の度合いを反映しているため、この画像を解析することで、各脳部位の活動度合いを推定することができます。
[2] スパースロジスティック回帰アルゴリズム
ATRとCiNetで開発された人工知能技術のひとつ(Yamashita et al., NeuroImage, 2008; Hirose et al., Journal of Neuroscience Methods, 2015)。計測したfMRIデータは、ボクセルとよばれる非常にたくさんのデータ点を含みます。しかし、すべてのボクセルが被験者の認知状態についての情報を持っているわけではありません。fMRIデータを用いて被験者の認知状態を精度よく推定するためには、この推定に関わるボクセルのみうまく選別する必要があります。スパースアルゴリズムを用いることによって、自動的かつ効率的にボクセルを選別することが可能になります。
[3] Decoded Neurofeedback (DecNef)
fMRI([1]を参照)と人工知能技術を組み合わせ、対象とする脳領域に特定の活動パターンを誘導する方法です。ATRで実施された先行研究(Shibata et al., Science, 2011)において、世界に先駆けて開発されました。
[4] 恐怖記憶を形成する古典的実験手法
本研究では、恐怖記憶を安全に形成する実験手法として、国内外の研究所で幅広く使われている方法(恐怖条件付け課題)を用いました。 この方法では、一般的に、本来は恐くない対象(図形など)を、微弱電流などの不快な出来事と同時に経験させます。その結果、その対象への恐怖反応が生じるようになります。この実験手法は、例えば赤い車と事故の衝撃を同時に経験することで、赤い車への恐怖反応が生じるようになる、というような実生活における恐怖記憶形成の過程を模したものであり、恐怖記憶についての基礎研究に大いに役立てられています。
[5] 脳活動パターン・デコーダ
空間的な脳活動パターンを解読(デコード)し、人の認知や知覚の状態を推定するモデルを一般的にデコーダと呼びます。計測したfMRIデータは、ボクセルとよばれるたくさんのデータ点を含みます。それぞれのデータ点が、数ミリという脳内のごく小さなエリアの活動量を指し示しています。空間的脳活動パターンとは、そうした多数あるfMRIデータ点のうち、どのデータ点(エリア)が大きな値(脳活動を示す信号)を持ち、どのデータ点が小さな値を持つのか、という空間的な情報を指します。空間的脳活動パターンを解読(デコード)するために、近年では様々な人工知能アルゴリズムが提案されていますが、本研究では、効率的にデコード(解読)精度を上げられるスパースロジスティック回帰アルゴリズム[2]を用いています。