プレスリリース

************************************************
[報道発表資料]
(株)国際電気通信基礎技術研究所
ネットワーク情報学研究所

>大規模ネットワークの動作を超高速に計算するシステムを開発
―細胞内生化学物質の反応ネットワークのシミュレーション等の応用に期待―

(株)国際電気通信基礎技術研究所(けいはんな学研都市、社長:畚野信義、 略称:ATR)は、このたび、ハードウェアにより大規模ネットワークの動作を高速に計算する専用計算 システム(プロトタイプ版)を開発しました。

開発の背景と狙い
近年、社会現象、経済、生化学反応、物流、人間行動など、さまざまな分野において、大規模な ネットワークを対象としたシミュレーションが必要とされています。 それは、ネットワークの動きをシミュレートすることにより、複雑な現象の分析・解明・予測を行なう ことができるからです。しかしながら、そのためには大規模な計算リソースが必要となります。

1つの例として細胞内のネットワークで説明します。生命現象をミクロ的に見ると、生化学物質の 化学反応と捉えることができます。生物の細胞には1個当たり約100億個の生化学物質の分子 (種類は2万種類以上)があり、これら各分子が平均毎秒1万回の頻度で化学反応を繰り返しています。 この化学反応の様子を計算することにより生物の成長や病気の進行等をシミュレーションすることが できます。

実時間と同じ速度でシミュレーションする場合では細胞1個当たり毎秒2億回以上のオペレーションを 実行する必要があります。実時間の1,000倍の速度のシミュレーションを行なうとすると、 実に毎秒 2,000億回以上にも達します。 これは少なく見積もっても処理速度1GFlopsのPCやワークステーション200台分以上の計算能力に相当します。 大規模で高価なスーパーコンピュータの守備範囲と考えられます。

今回、私たちは、このようなネットワーク構造を持つ複雑な対象物を、ノードの動作を抽象化した簡潔な機構と、 それらの間の結合に相当する物理的な配線により直接実装しました。 これにより、対象物の実動作のスピードを最大5桁程度上回る電子回路のスピードで高速計算可能としました。 この処理能力はスーパーコンピュータに匹敵する処理能力です

これにより、実用上例えば1年かかるような上記のシミュレーションが0.0001年、つまり1時間弱で終了します。 このような大規模ネットワーク計算における大幅な応答時間の短縮は、 さまざまな分野におけるにシミュレーションを飛躍的に効率化するとともに、 生化学反応に基づく創薬など製造分野においても、のインパクトを持っています。

また、開発システムstarpack (Signal Transduction Advanced Research PACKage、以下、starpack) は消費電力300W以下・設置スペース約2.5m2で稼動可能であり、 スーパーコンピュータと比較して高いコストパフォーマンスを実現できます。 このように、ネットワーク計算に関しては、スーパーコンピュータと同等の性能を持ちながら、 消費電力・設置スペース・コストでは大幅な削減が可能な点で、 並列計算システムstarpackは今後必要とされるさまざまな分野の大規模シミュレーションにおいて、 極めて重要な役割を担っていくものと考えます。
 
 適用可能なシミュレーション問題 
本システムを適用可能と考えられるシミュレーション問題には次のようなものがあげられます。
1.
反応ネットワークシミュレーション:生物細胞内の生化学物質の反応をシミュレーションする
2.
移動体シミュレーション: RFID(電子タグ)を付与された大量の商品などの動きをシミュレーションする
3.
社会現象シミュレーション: 社会的トレンドの伝播、意見の形成等の現象をシミュレーションする
4.
経済シミュレーション: お金の動き、資本の動きなどに関する現象を最も基本的なレベルから再現させるシミュレーション
5.
物流シミュレーション: 輸送機関による荷物・資材の動きをシミュレーションする
6.
避難シミュレーション: 災害時における人間の動きをシミュレーションする
7.
その他、大規模ネットワーク構造を持つ対象物のシミュレーション

開発したシステムの概要
  starpackとスーパーコンピュータとの比較は下の表にまとめてあります。

今回開発した計算システム starpackは、大規模FPGA (Field Programmable Gate Array) を 64チップ搭載したもので、計算エレメントを4096個持つ並列計算システムです。

エレメントは各々が 100MHzの周波数で動作し、毎秒4096億回のオペレーション (409.6Gop)を実行可能 です。アプリケーションにもよりますが、1オペレーションは数十flopsに相当するため、 数Tflops~数十Tflopsの処理能力に匹敵します。

一方、消費電力は300W以 下、また設置スペース約2.5 m2と、パーソナルコンピュータ(PC)数台から 10台程度のコストで稼動できます。また、この計算システムは拡張性と柔軟性に富むアーキテクチャを 特長としており、FPGA搭載ボードを増設することにより容易にスケールアップできます。

今後の予定
 今回開発したstarpackは汎用FPGAを利用したプロトタイプシステムですが、今後はASICを 用いて集積度・動作速度の向上をはかるとともに、ユーティリティソフト群の整備などを進め1年後を 目処に製品化していく予定です。
 starpackは、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)民間基盤技術研究促進制度の委託研究 「人間情報コミュニケーションの研究開発」により開発しました。

連絡先:ATRネットワーク情報学研究所  主任研究員 邊見 均
Tel; 0774-95-2643, hemmi@atr.jp

※ネットワーク情報学研究所は研究プロジェクトを2006年に終了しています。

 表 starpack とスーパーコンピュータ(地球シミュレータ)の比較

地球シミュレータ
ネットワークシミュレータ
理論性能
40Tflops(浮動小数点演算)
0.4Tops(カウンタ更新)
アプリケーションにより1opsは数十flops以上に相当
計算ユニット(PU)数
5120
4096
PUのタイプ
FPU(浮動小数点ユニット)
カウンタベースのユニット
PU用LSI chip
ASIC(専用LSI
汎用FPGA
PU数/chip
1
64
PU用LSI chip数
5120
64
PU動作周波数
500MHz(一部1GHz)
100MHz
PU用LSI 消費電力
140W
5W
PU総消費電力
716.8KW
320W
設置面積
3250m2(50m×65m)
2.5m2
ホストコンピュータ
>計算ノード群(CPU)
フロントエンドPC
ホストコンピュータ数
640(計算ノード数)
1
ユニット結合方法
クロスバースイッチ + ケーブル
CAT6ケーブル
OS
SUPER-UX/ES(Unix系)
Linux,Windows
システム中のPUの位置づけ
コプロセッサ
ホストコンピュータの周辺機器
制御・プログラム方法
MPI(Message Passing Interface),
HPF (High Performance
ユーティリティプログラムで制御
ユーザプログラムからも使用可能

*地球シミュレータ:平成14年 より稼動しているスーパーコンピュータ。平成16年6月まで世界のスーパーコンピュータTOP500でNo.1を 保持していた。現在でもNo.4の位置を占めている



図 starpack プロトタイプ構成


図 FPGAボード写真
(青色部分は最新技術のPALAPを使用,(株)オーケープリント様の協力による)