プレスリリース







 



繰り返し運動の上達には、“時々”目を使うのがコツ!
~周期運動に特有な運動誤差情報の脳内処理メカニズムが明らかに~

 独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長:宮原 秀夫)、 国立大学法人東京大学大学院 教育学研究科(研究科長:市川 伸一) 及び株式会社 国際電気通信基礎技術研究所(以下「ATR」、代表取締役社長:平田康夫)は、 視覚的情報に基づいてリズミカルな反復運動(周期運動)を学習する場合、 運動の視覚的情報を常に与えられるよりも、数サイクルに1回だけ与えられる方が、 むしろ学習の到達度(上手さ)が向上することを明らかにしました。これは、 絶え間なく与えられる運動の視覚的情報が、脳にとっては、運動の学習を促進するどころか、 かえって阻害するように働いてしまうという周期運動の学習に特有の運動情報処理機構によるためです。 直観に反することですが、繰り返し運動を上手く学習するコツは、「たまに目を閉じるなどして、  運動の視覚的情報を受け取り過ぎないこと」なのです。
なお、この成果は、米国神経科学学会誌 『The Journal of Neuroscienceニューロサイエンス』 *1 2012年1月11日号に掲載されました。

【背景】
一般に、バスケットのドリブルのような繰り返し動作を伴う周期運動を学習して上達していくには、 実際の運動と目標とする運動との違いを常にしっかりと見定めることが重要であると直感的には感じます。
 ドリブルのほかにも、歩行、楽器演奏、タイピングなど、繰り返し動作を伴ういわゆる「周期運動」は、 我々の日常生活や文化的活動にとって重要な運動形態の一つです。 しかしながら、これまで運動学習に関する脳内メカニズムの研究は、主に一回きりの運動(物を投げたり、 何かに手を伸ばしたりといった「離散運動」)を対象に行われており、 日常運動の大きな部分を占める「周期運動」の学習メカニズムについては、よく分かっていませんでした。
 そこで今回、我々は、「周期運動」を学習する場合に、脳が視覚的な誤差情報(実際の運動と目標の運動との“ずれ”) をどのように処理し、運動を修正・学習しているのかを、“システム同定*2” というデータ解析手法を用いて調べることにしました。

【今回の成果】
 実験の結果、実際の運動と目標の運動との間のずれの情報(運動誤差情報)が、視覚を介して脳に入ると、 脳はこの運動誤差情報に基づいて、次の運動を行うときには誤差が減るように運動指令を修正していました。 ところが、この運動誤差情報は、次のサイクルだけでなく、 更にその次のサイクル及びそれ以降(以下2サイクル後以降と表記)の運動指令の修正にも影響を与えており、 しかもその影響は、学習を促進するどころか、かえって阻害するように働いていることが明らかになりました。  運動誤差情報が2サイクル後以降の運動指令の修正に阻害的な影響を及ぼすのであれば、 運動の視覚的情報を数サイクルに1サイクルだけ間欠的に与えることで、運動学習の到達度は向上するはずです。 様々な視覚情報提示条件において、周期運動の学習成績を調べたところ(図2:補足資料)、我々の予測どおり、 運動の視覚的情報を4サイクルに1サイクル、あるいは5サイクルに1サイクルだけ与える方が、毎サイクル与えるよりも、 運動課題に対する学習成績が向上することを見出しました。  本研究によって、周期運動の学習においては、運動の誤差情報が学習を促進するだけでなく、 阻害するものにもなり得ることを、今回初めて示すことができました。 過度な運動情報のフィードバックは、かえって学習を阻害するという結果は、 スポーツの練習法やリハビリテーション手法に対して実践的な示唆を与えるものです。

【今後の展望】
 今回、脳が運動の視覚的な誤差情報をどのように処理しているかを明らかにしました。 我々は、このように脳の情報処理の仕組みの理解を更に進めていくことが、 より効率的な運動技能の獲得や再獲得法の開発につながると考えています。

<用語解説>
*1 米国神経科学学会誌 『The Journal of Neuroscience(ニューロサイエンス)』
  米国神経科学学会(http://www.sfn.org/)のオフィシャル雑誌。
*2 システム同定
  実験データに基づいてシステムに対する入出力の動的特性を決定する工学的手法。
*3 マニピュランダム
  運動学習研究等に用いられるロボットアーム実験装置。今回の実験では、被験者はハンドルを握ってアームを
  動かすことによってスクリーン上のカーソルを操作する。このときのハンドルの位置、速度を精密に計測できる。


<関連情報>
米国神経科学学会誌 『The Journal of Neuroscience』 2012年1月11日号
URL: http://www.jneurosci.org/content/32/2/653.full.pdf+html
Tsuyoshi Ikegami, Masaya Hirashima, Rieko Osu, and Daichi Nozaki,
"Intermittent Visual Feedback Can Boost Motor Learning of Rhythmic Movements: Evidence for Error Feedback Beyond Cycles”,
The Journal of Neuroscience, 11 January 2012, 32(2):653-657; doi:10.1523/JNEUROSCI.4230-11.2012


補足資料(PDFファイル)


< 研究内容に関する 問い合わせ先 >
独立行政法人情報通信研究機構
未来ICT研究所 脳情報通信研究室
池上 剛
Tel: 0774-95-1214
国立大学法人東京大学大学院
教育学研究科 身体教育学コース
野崎 大地
Tel: 03-5841-3983
<広報 問い合わせ先 >
独立行政法人情報通信研究機構
広報部 廣田 幸子
Tel: 042-327-6923p
国立大学法人東京大学 教育学部庶務チーム
権藤 智香子
Tel: 03-5841-3903,3904
株式会社 国際電気通信基礎技術研究所
広報担当 福森 えい子
Tel: 0774-95-1172