プレスリリース

2012年2月24日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所

8×8非線形マルチユーザMIMO実験用無線機の実験試験局免許を取得
~将来の移動通信への活用にむけて実験開始~


【要約】
 株式会社国際電気通信基礎技術研究所(代表取締役社長:平田 康夫、以下 ATR)は、 総務省受託研究「非線形マルチユーザMIMO技術の研究開発」において、 実時間で動作する8×8非線形マルチユーザMIMO(multiple-input multiple-output) 伝送技術を実装した実験用無線機を試作し、実験試験局免許を取得しましたので発表します。今回の成果は、 8本のアンテナを持つ基地局(BS)1台と2本のアンテナを持つユーザ端末局(UE)4台からなる8×8 MIMO構成において、 「ブロック対角化ベクターパータベーション(BD-VP)」と呼ばれる非線形送信信号処理技術を実現したことで、 本技術を下りリンク(BSからUEへの送信)に適用する8×8マルチユーザMIMO実験用無線機としては世界初です。 今後、けいはんな地区を始めとして東京、大阪、川崎等で本実験機を用いた実験評価を進めるとともに、 高性能化のための検討を行う予定です。 なお、本研究は総務省の研究委託「非線形マルチユーザMIMO技術の研究開発」により実施したものです。

【発表・成果内容】
 今回の成果は、第4世代移動通信において普及展開が期待されるマルチユーザMIMO技術の高度化に関するものです。 技術のポイントは3点あります。1点目は、見通し伝搬路で隣接したユーザが存在するなど、 従来の線形演算による送信信号処理技術では十分にユーザを分離できない場合でも、 良好な特性が得られる非線形信号処理技術を適用した実験機であること、2点目は上りリンク(UEからBSへ送信) よりも高い伝送速度が求められる下りリンク(BSからUEへの送信)で実現したこと、 3点目は4台のUE信号を一度に処理する8×8マルチユーザMIMO構成で実現したこと、です(図1)。
 試作したBS及びUEはそれぞれ、FPGA/DSPボードで構成されるデジタルベースバンド装置、高周波無線装置、 アンテナ、操作端末から構成されます(図2)。搬送波周波数は、第4世代移動通信の技術動向を踏まえて、 下りリンクを3.36GHz、上りリンクを3.26GHzとしました。
 実験機開発においては、移動通信の最新仕様である3GPP Release 10の信号フォーマットに準じることを前提として、 BD-VPを使った装置の詳細設計を実施しました。特性改善のために与える補償信号の探索範囲を調整するとともに、 性能を損なわない範囲で処理の一部を周波数軸上で間引くことで処理量を削減しました。 これらの工夫により、世界で初めて実時間で動作する非線形マルチユーザMIMO実験機を実現しました。 なお今回の実験システムは8×8 MIMOを構成するBS1台、UE4台の他、 干渉局となるBS及びUE実験機をそれぞれ1台ずつ用意し、実環境により近い環境で実験検証を行います。

【図】
図1 実験用無線機のアーキテクチャ


 図2 実験用無線機の写真 
(左:基地局、右:伝送実験システムを構成する基地局1台とユーザ端末局4台)


【背景】
 携帯電話やスマートフォンなどの移動通信においては、様々な大容量アプリケーションが登場しつつあります。 そのニーズに応えるために、 複数の送受信アンテナを用いて一台のユーザ端末に対して大容量伝送を行うシングルユーザMIMO技術が実用化されています。 さらに今後の通信の大容量化とユーザの増加に応じるために、第4世代移動通信では、 複数のユーザが同時に送受信できるマルチユーザMIMO伝送と呼ばれる多重化技術の実用化が見込まれています。
 これまで多くの研究がなされている線形演算によるマルチユーザMIMO伝送技術は、 見通しの良い環境においてはユーザ分離が困難になることから、大きく特性が劣化することが知られていました。 このような見通し環境等での劣化を改善するために、 非線形演算を適用したマルチユーザMIMO伝送技術の検討が行われています。 しかしこのような技術の演算規模は膨大になることから、計算機シミュレーションの検討が主体であり、 実験機への実装は限定的なものに留まっていました。

【外部動向の詳細】
 送信信号処理に非線形演算を適用したMIMO技術に関しては、 ベクターパータベーションやTomlinson-Harashima precoding (THP) 等などが検討されてきています。 しかし、これらの報告例は計算機シミュレーションを用いた机上検討が主であり、 ハードウエアへの実装は4×4 MIMOの検討に留まっていました[1,2]。8×8のMIMO構成で、 BD-VPを用いた下りリンクの実験機はまだ報告されていませんでした。

1.X. Chet. al., “Rapid Prototyping of an Improved Cholesky Decomposition Based MIMO Detector on FPGAs”, 2009 NASA/ESA Conference on Adaptive Hardware and Systems, pp.369-375(2009)
2.Y. Yuan et.al., “Design and implementation of a high performance closed-loop MIMO communications with ultra low complexity”, Asia and Pacific Design and Automation Conf., pp.99-100(2011)

【検討状況、今後の予定】
 これまでの計算機シミュレーションを用いた検討により、BD-VPの性能評価は実施済みであり、 代表的な線形送信信号処理技術であるMMSEや非線形演算を用いるTHPと比較して、 特定の伝搬環境ではBD-VPが性能的に勝ることを把握しています。 試作実験機に伝搬路を模擬するフェーディングシミュレータを有線接続して行った検証実験でも、 MMSEに対する優位性を観測しています。
 今回、実験機の実験試験局免許を取得したことにより、屋内外における実環境での伝送実験ができることになりました。 今後、けいはんな地区のほか、東京、大阪、川崎等において実験を行いデータを取得するとともに、 高性能化のための検討を実施する予定です。また、学会活動や標準化活動を通して本技術を積極的にアピールし、 非線形マルチユーザMIMO技術の普及展開を図ります。


<用語 解説>
MIMO Multiple-Input Multiple-Output、複数のアンテナを利用して信号伝送を空間的に多重する無線通信技術
VP Vector Perturbation、非線形信号処理を用いた信号伝送の1手法
BD-VP Block Diagonalized Vector Perturbation、行列をブロック対角化して演算量を低減するVP法
DSP Digital Signal Processor、デジタル信号処理プロセッサ
FPGA Field-Programmable Gate Array、プログラム可能な集積回路
MMSE Minimum-Mean Square Error、最小平均二乗誤差
THP Thomlinson-Harashima Precoding、非線形信号処理を用いた信号伝送の1手法