プレスリリース

2014年5月21日
(株)国際電気通信基礎技術研究所

重要なアプリケーションの品質確保を可能にする無線LANシステムを開発

【要約】
 株式会社国際電気通信基礎技術研究所(以下「ATR」、本社:京都府相楽郡精華町、代表取締役社長:平田康夫)は、重要なアプリケーションの品質確保を可能にする新しい無線LANシステムを開発しました。開発した無線LANシステムは、無線チャネルの使用状況を常時観測して、利用可能なアプリケーションの種類と数を予測し、これに応じた通信制御を行います。具体的には、混雑時には予測結果に応じて優先度の低い一部のアプリケーションのデータ伝送を抑制することで、従来の無線LANより多くの高優先度アプリケーションが利用可能になります。今後、災害避難所や工場等、多数の無線LAN機器やセンサー端末が混在する環境を想定した実験評価を進める予定です。本無線LANシステムは、2014年5月22日に東芝研修センターにて開催される電子情報通信学会スマート無線研究会にて動態展示を行い、当日受付を行っていただければ見学いただけます。なお、本研究開発は、住友電気工業株式会社(本社:大阪府大阪市中央区北浜、社長:松本正義)と共同で実施している総務省委託研究「M2M型動的無線通信ネットワーク構築技術の研究開発」の成果の一部です。

【発表・成果内容】
従来の無線LANシステムでは、多数のアプリケーションが利用されていると、個々のアプリケーションのデータ伝送が互いに邪魔し合うため、結果として共倒れのようにどのアプリケーションも十分な通信品質が得られないという問題(図1)がありました。

混雑時における既存無線LANシステムの問題点
図1  混雑時における既存無線LANシステムの問題点

 今回新たに開発した無線LANシステムは、使用する無線チャネルの混雑度に応じて優先度の低い一部のアプリケーションのデータ伝送を抑制することで、共倒れを防ぎ、従来の無線LANより多くの高優先度アプリケーションが利用可能になります(図2)。また、本システムは既存の無線LANモジュールに対し、ドライバ(用語)の改良と、無線チャネル毎の混雑度を計測するセンシングノードを新たに追加することで実現できます。開発した無線LANシステムの技術ポイントは以下の通りです。
  1. アクセスポイント(AP)とセンシングノードが協調して計測した無線チャネルの利用可能時間率、そして利用予定のアプリケーションの種類、トラフィック量と優先度から、実際に利用可能なアプリケーションの種類と数を予測します。これにより、利用予定のアプリケーションの種類や数がそもそも過剰でないかどうか、また、周囲で発生している干渉が所望のアプリケーションの利用を妨げる程のものかどうかを確認することができます。
  2. 利用可能なアプリケーションの予測結果に基づき、優先度の高いアプリケーションから順にデータ伝送を許可し、優先度の低い一部のアプリケーションについてはデータ伝送を停止します。これにより、共倒れを防ぎ、可能な限り多くの高優先度アプリケーションを利用可能にします。
今回開発した無線LANシステム
図2  今回開発した無線LANシステム

 試作した無線機(AP/端末共用)とセンシングノードの外観を図3に示します。試作した無線機は市販のIEEE 802.11無線LANモジュールを搭載しており、無線LANモジュールのドライバを改造することにより提案無線LANシステムの機能を実現しています。このように、開発した無線LANは既存システムへのアドオンにより実現可能であり、早期の実用化が期待されます。
 また、センシングノードは2.4 GHz帯免許不要周波数帯全体の混雑状況を一括して観測可能であり、またAPとはネットワーク経由で接続されます。なお、センシングノードの機能はAP内に一体化して実装することも可能です。このようなシステムは、災害等の非常時や医療現場等において自律的かつ動的に運用する機器間(machine-to-machine : M2M)無線通信システムとしての応用も期待されます。

試作した無線機(右)とセンシングノード(左)
図3  試作した無線機(右)とセンシングノード(左)



【検討状況、今後の予定】
 計算機シミュレーションによる評価と電波暗室内の伝送実験により、既存の無線LANと比較して、利用可能な高優先度アプリケーションの数やそのスループットを向上できることを確認しています。
 今後、共同研究を進めている住友電気工業株式会社と協力し、災害避難所や工場等、多数の無線LAN機器やセンサー端末が混在する環境を想定した無線ネットワークを構築して、開発した無線LANシステムの実験評価を進めるとともに、高性能化のための検討を行う予定です。また、学会等において本研究開発の成果を逐次発表していくと共に、標準化活動にも積極的に寄与し実用化に向けた検討を進めます。


【補足資料】

【背景】
 無線LANの発展と普及に伴い、無線LANを利用するアプリケーションは多岐にわたっています。具体的には、メールやインターネットブラウジング、音声通話や動画配信等の人が直接使用するアプリケーションのみならず、家電ネットワークやセンサネットワーク等、機器間(M2M)通信への適用も始まっています。また、通信品質に対する要求も年々高くなってきています。このため、多数のユーザ(端末)や様々なアプリケーションに対する通信品質の要求を満たすべく、無線LANの大容量化や低遅延化に向けた技術開発や標準規格の策定が行われています。
 これまで多くの研究では無線LANのスループット(データ伝送量)をいかに増やすかという点に注力されてきました。しかし、無線LANの普及とアプリケーションの発展に伴い、混雑時においてもユーザが満足可能なレベルの通信品質をより多くのアプリケーションに提供する技術の必要性が高まってきました。

【外部動向の詳細】
 無線LANにおいては、音声通話や動画伝送など、要求される通信品質が比較的高いアプリケーションの通信品質の改善を目的として、IEEE 802.11e規格が策定されています。ここでは、アプリケーションを複数のカテゴリ(アクセスカテゴリ)に分類し、その優先度に応じてデータ伝送を行う際の待ち時間を調整することで、優先度の高いアプリケーションに十分な通信品質を提供しようとするものです。しかし、この方式では優先されるアプリケーションが多い場合にはそれらのデータ伝送が互いに邪魔し合うため、十分な通信品質が得られないという問題点は解消できていませんでした。

【検討状況、今後の予定】
 計算機シミュレーションによる評価と電波暗室内の伝送実験により、既存の無線LANと比較して、利用可能な高優先度アプリケーションの数やそのスループットを向上できることを確認しています。  今後、共同研究を進めている住友電気工業株式会社と協力し、災害避難所や工場等、多数の無線LAN機器やセンサー端末が混在する環境を想定した無線ネットワークを構築して、開発した無線LANシステムの実験評価を進めるとともに、高性能化のための検討を行う予定です。また、学会等において本研究開発の成果を逐次発表していくと共に、標準化活動にも積極的に寄与し実用化に向けた検討を進めます。

〈用語 解定〉
ドライバ      パソコンやスマートフォン等で無線LANを使用するためのソフトウェア
IEEE 802.11    IEEE(米国電気電子技術者協会)が策定した無線LANの標準規格





電子情報通信学会スマート無線研究会について:
http://www.ieice.org/cs/sr/jpn/