プレスリリース

2015年3月26日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

脳の配線図を変更し、長期間維持するニューロフィードバック学習法の開発に成功
−脳ネットワークの構造をピンポイントで変える訓練−

『脳の配線図を書き換えるような強烈な体験』と言うような表現を聞いた方は多いのではないでしょうか。脳の様々な領域は互いに結びつき、相互に影響を与えながら、巨大なネットワークを構成しています。この結びつき方を変え、長期間維持する学習方法を開発しました。精神疾患などの治療や、脳の可塑性を生かした新しいリハビリテーション۰学習支援法の開発への貢献が期待されます。
 脳科学の進歩により、5分の脳活動計測で、ある人の脳ネットワークの配線図を解読できます。脳のネットワークは、遺伝情報と経験によって形成されるため、ネットワーク内の情報の流れ方から、言い換えれば上記で計測した脳の配線図から、その方の年齢・個性・認知能力なども、予測することも可能です。精神疾患や加齢による認知機能の低下などは、比較的少数の特定の配線が変化し、情報の流れが滞って生じると考えられています。しかし、精神疾患治療として用いられる薬物や認知行動療法などは、脳全体の配線に広く影響を与え、特定の領域やネットワークの結びつき方だけを狙い通りに変えることはできません。では、沢山ある配線の一部だけを変更することはできないのでしょうか。
 ATR脳情報通信総合研究所の福田めぐみ、山下歩、川人光男、今水寛は、fMRIの空間分解能を利用し、脳の特定の領域同士の結びつき方を実験参加者に即座に知らせること(実時間フィードバックと呼びます)を繰り返し、ネットワーク内での特定の領域の繋がり方をピンポイントで長期的に変化させる学習方法の開発に成功しました(結合ニューロフィードバック学習法)。本成果は国際学術誌Frontiers in Human Neuroscience(2015年3月30日オンライン版発行、中央ヨーロッパ標準時間 10:00am公開)に掲載予定です。


背景
ヒトの脳は百億以上の神経細胞が作る、巨大な情報ネットワークと見なすことができます。このネットワークは、遺伝子で大まかな構造が決まり、人生でさまざまな経験をすることで、そのヒト固有のネットワークが形作られます。計測と解析の進歩により、わずか5分の脳活動計測で、そのヒトの脳内の領域同士がどのように繋がっているかを解読できるようになりました。これは、個人に特有な脳の配線図とも言えます。最近では、この配線図から、年齢۰個性۰認知能力なども、予測することも可能になって来ました(注①)。
 精神疾患などの脳の障害も、この脳のネットワークの障害として理解されるようになりました。精神疾患や加齢による認知機能の低下の一部は、比較的少数の特定の配線が変化し、情報の流れが滞って生じると考えられています。しかし、精神疾患の治療法として用いられてきた、薬物や認知行動療法などは、脳全体の配線に広く影響を与え、特定の領域やネットワークの結びつき方だけを狙い通りに変えることはできません。沢山ある配線の一部だけを変更し、それを長期間維持する方法が待ち望まれていました。

研究内容
本研究は、神経細胞の活動によって引き起こされる脳の血流変化をミリメートルの単位で計測できる装置(機能的磁気共鳴画像:fMRI装置)を使いました。今回用いたfMRI装置には、計測した脳活動をリアルタイムで解析し、実験参加者に解析結果を即座に知らせる(実時間フィードバック)機能が付加されています(図1)。主な実験参加者は健常な12名(男性 6人、女性6人、平均年齢25.3歳)です。
 fMRI装置で、脳内2カ所の活動の時間変化を14秒間計測しました。14秒間計測された脳活動の時間変動の類似性を計算し、その結果を実験参加者にスコアとして知らせました。変動の類似性は、2つの脳領域の繋がりの強さに比例すると考えられます(繋がりの強い領域同士は同期して変動する)。変動の類似性が高ければ高いほどスコアも高くなるようにしました。実験参加者は、次の14秒でスコアがより高くなるように試行錯誤の努力をしました(結合ニューロフィードバック学習法:図2A)。これを1日平均40分、4日間行いました。その結果、日を重ねるに連れてスコアが上昇し、学習効果があることが解りました(図2B)。
 この学習によって様々な領域同士の繋がりがどのように変化したか調べるため、4日間の学習の直前、直後、2ヶ月後のそれぞれで、5分間安静にしているときの脳活動を計測しました。その結果、繋がりを変化させる学習を行った領域同士では、学習直前よりも直後の方が変動の類似性は高くなっていました。2ヶ月間トレーニングを行わなくても、変動の類似性はそのまま維持されていました。また、2つの領域を含むネットワーク同士の類似性も高くなっていることが解りました(図3)。

今後の展望
本研究では、健常者を対象としましたが、今後は精神疾患の治療に役立てるための検討を精神科の医師とともに行う予定です。まず、国内外の病院や研究施設で蓄積されている安静状態の脳活動から、患者群と健常者群では、脳のどの領域とどの領域の繋がりが異なっているかを調べます。次に、今回開発した方法で、患者群で類似性が低くなっている(あるいは高くなりすぎている)領域同士の類似性を、健常者群のものに近づけることを検討します。また、同様の方法で、加齢で低下した認知能力の回復にも貢献できると考えられます。以上のような医療∙社会応用は、倫理学の専門家とともに社会的な影響を検討しながら、慎重に進めて行きたいと考えます。また、進捗状況を逐次公開し、社会の理解と評価のもとに進めます。

〈注〉
①例えば、脳の配線図から個人の作業記憶の上限を予測することができる。
http://www.natureasia.com/ja-jp/srep/abstracts/61778


【論文情報】
Frontiers in Human Neuroscience 誌
(2015年3月30日オンライン版発行、中央ヨーロッパ標準時間 10:00am公開)
Megumi, F., Yamashita, A., Kawato, M. ? Imamizu, H. Functional MRI neurofeedback training on connectivity between two regions induces long-lasting changes in intrinsic functional network. Front. Hum. Neurosci. 9, 160; DOI: 10.3389/fnhum.2015.00160 (2015)

【研究グループ】
本研究は、ATR脳情報通信総合研究所∙認知機構研究所の福田めぐみ研究員 (ふくだめぐみ;ユニバーシティ∙カレッジ∙ロンドン博士課程∙奈良先端科学技術大学院大学)、同研究所の山下歩研究員(やましたあゆむ;京都大学大学院・博士課程)、ATR脳情報通信総合研究所の川人光男所長(かわとみつお;奈良先端科学技術大学院大学、情報通信研究機構∙脳情報通信融合研究センター)、ATR脳情報通信総合研究所∙認知機構研究所の今水寛所長(いまみずひろし;情報通信研究機構∙脳情報通信融合研究センター)の共同研究成果です。* ( )内は氏名よみ、兼務先を表記。

【研究サポート】
本研究は、ユニバーシティ∙カレッジ∙ロンドン、奈良先端科学技術大学院大学、京都大学大学院、情報通信研究機構との共同で行われました。fMRI計測については、ATR脳活動イメージングセンタの協力を得ました。本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムにより実施された「BMI技術を用いた自立支援、精神∙神経疾患の克服に向けた研究開発」の成果です。また、成果の一部は、総務省委託研究」脳の仕組みを活かしたイノベーション創成型研究開発(高精度脳情報センシング技術∙脳情報伝送技術、実時間脳情報抽出∙解読技術及び脳情報解読に基づく生活支援機器制御技術)」によるものです。また、一部は日本学術振興会科研費26120002の助成を受けました。






【図1】脳活動の実時間フィードバック(ニューロフィードバック)を行うための仕組み。


【図2】結合ニューロフィードバック学習法。2つの領域の時間変動の類似性をスコアとして知らせることを繰り返す(A)。1日約40分行うと、
    スコアは次第に上昇した(B)。


【図3】安静状態の脳活動から計算した脳内の繋がり方の変化。脳のさまざま領域の変動の類似性をリーグ戦の対戦表のように並べた図(三角形)。
    変化させることを学習してもらった領域同士(左図の◯)の変化は黒い□の部分に相当する。◯を含むネットワーク同士(左図のオレンジ
    と水色の領域)の変動の類似性も変化した(赤い枠内)。