プレスリリース


2020年 11月 5日
国立大学法人筑波大学
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

ロボットでもCGでも2者に褒められると運動技能の習得が促進される
~学習やリハビリの支援システム開発に貢献~
 「人を褒めて伸ばす」という言葉があります。近年の心理学研究により、人は運動トレーニングを行った際に他人から褒められると、運動技能を効率的に習得できることが明らかにされていました。本研究では、人ではなく、人工的な存在であるエージェント(ロボットやCGキャラクターなど)から褒められても、人は上手に運動技能を習得できることを科学的に証明しました。
 本研究では、さらにエージェントの数とその身体性の影響について検証を進めました。まず、褒める回数は同じままで、エージェントの数を増やし、複数のエージェントから褒められる状況で運動技能の変化を調べたところ、エージェントが1体より2体の場合に、運動技能の習得がより促進されることが判明しました。また、エージェントの種類について、物理的な身体を持つロボットとディスプレイ上に仮想的な身体を持つCGキャラクターの間で褒め効果の違いを調べたところ、どちらでも人の運動技能の習得は促進され、その効果に違いは認められませんでした。
 以上により、物理的な身体を持つロボットでも仮想的な身体を持つCGキャラクターでも、人はエージェントから褒められると、運動技能の技能の習得がより効率的に促されること、さらには、複数のエージェントからの褒めがその効果をより高める可能性があることが示唆されました。
 本成果は、学習支援やリハビリテーション支援、介護・療育支援など、人と関わって人の行動変容を支援するエージェントシステムの開発に貢献することが期待されます。

研究代表者
筑波大学システム情報系
 飯尾 尊優 助教(JST さきがけ研究者)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所
インタラクション科学研究所 エージェントインタラクションデザイン研究室
 塩見 昌裕 室長
※指運動のトレーニングをする参加者とそれを見るエージェント(この図ではロボット)の様子

研究の背景
 「私、褒められると伸びるタイプなんです!」という言葉をよく耳にしますが、この言葉には、実は科学的な根拠があります。他人から褒められたとき、その人の脳内では、金銭的報酬を得たときと同じような脳活動が起きていることが知られています。さらに、最近の研究では、他人からの褒めは、精神的な満足感だけでなく、運動技能の習得を促進することが分かってきました。
 近年、人と人工的なエージェント(ロボットやCGキャラクターなど)とのコミュニケーションに関する研究が盛んになっています。その研究の中で、エージェントが人を褒めることによって、その人に親しみを感じさせたり、自己肯定感を高めさせたりする、ということが示されてきました。しかしながら、エージェントからの褒めが、人の運動技能の取得に対して、どのような効果をもたらすかは、これまで明らかにされていませんでした。エージェントからの褒めでも、運動技能がより効率的に習得できるようになるとすれば、その知見は、教育やリハビリテーションの効果を向上させるエージェントシステムの設計に役立ちます。今回、本研究チームは、エージェントからの褒めが人の運動技能の習得にどのような影響を与えるか、ということを調査しました。

研究内容と成果
 本研究チームは、人が運動トレーニングを行っている時のエージェントからの褒めが、運動技能の習得を促進するかどうかを調べる実験をしました。人とエージェントに関するこれまでの研究で、コミュニケーションに参加するエージェントの数が増えると、エージェントとの会話の印象が良くなるということ、エージェントの種類として、物理的な身体を持つロボットとディスプレイ上に仮想的な身体を持つCGキャラクターでは、会話における説得の効果が異なる可能性があること、が指摘されていました。そこで、この実験では、次の三つのことを調べました。
① エージェント(ロボットとCGキャラクターの両方)からの褒めは運動技能の習得を向上させるか
② エージェントの数によって褒めの効果は変化するか
③ ロボットとCGキャラクターとでは褒めの効果が異なるか

 具体的には、96人の大学生にトレーニングを行い、ある連続的な指の動かし方(30秒間のうちにキーボードのキーをある順番にできるだけ早く叩く)を覚えてもらう実験を行いました(図1)。このとき、実験参加者は六つのグループに分けられました(図2)。
 各条件でのエージェントの振る舞いは次のとおりです。1体・褒めなしの条件(グループ1と4)では、エージェントはトレーニング中にトレーニングの残り時間や途中のスコアに関する客観的な数値を発話しました(ニュートラル発話)。1体・褒めありの条件(グループ2と5)では、一部のニュートラル発話を褒める発話に変更しました。例えば、「頑張っていて偉いね」や「正確にタイピングできるようになってきたね」といった発話です。2体・褒めありの条件(グループ3と6)では、褒める発話の量と内容は1体・褒めありの条件と同じままで、その発話を2体のエージェントに交互に発話させるようにしました。そして、次の日に、実験参加者に前日に覚えたことを思い出して再度指を動かしてもらい、その時の指の動かし方のパフォーマンス(どれだけ早く正確にキーを叩けたか)を測定しました。
 その結果、次のことが判明しました。
・エージェントからの褒めがない場合よりも、褒めがある場合において、次の日の指運動のパフォーマンスが有意に向上していた。
・エージェントの数が1体の場合よりも、2体の場合において、次の日の指運動のパフォーマンスが有意に向上していた。
・エージェントの種類がCGキャラクターの場合とロボットの場合で、次の日の指運動のパフォーマンスに差は認められなかった。
 この結果は、物理的か仮想的かに関わらず、身体性を持ったエージェントからの褒めが、運動技能習得能力の向上に効果があることを示した点に意義があります。また、褒めの総量は同じにもかかわらず、エージェントの数が1体の場合よりも2体の場合において褒め効果が強かった点は、褒めは、質や量というよりも、たくさんの他者に認められることが重要である可能性を示唆しており、学術的に興味深い内容です。

今後の展開
本研究チームは、エージェントからの褒め以外にも、人の行動変容を促すために重要な要素は何かを明らかにすべく、さらに研究を進めています。今後は、エージェントの身体性注1)や社会性注2)が、人の行動変容に与える影響に着目し、その原理を明らかにしていきます。この研究を通して、将来的に教育分野における学習支援エージェントや、医療分野におけるリハビリ支援エージェント、福祉分野における介護・療育支援エージェントなど、人と長期にわたって関わりながら人のポジティブな行動変容を促すエージェントシステムの開発に貢献することが期待されます。

参考図

図1 参加者のグループ分けとエージェントの発話内容の例

用語解説
注1) エージェントの身体性
 身体性とは、身体が持つ性質のことです。今回の実験では、CGキャラクターとロボットという、仮想的な身体と物理的な身体の違いについて調査しました。しかし、CGキャラクターもロボットも頭部と胴体、腕を持つ、人に近い形状の身体を持っています。発話に同期した身体動作をしていたという意味では、類似した存在です。一方、エージェントの中には、人らしい形状を持たないスマートスピーカー(Google HomeやAmazon Echoなど)もあります。こうしたデバイスでも褒め効果が認められるかどうかを調べ、身体性の影響を調査していきます。また、頭を撫でながら褒めるなど、身体があるからこそ可能な触れ合いを通じた褒めの効果の影響も調査を進める予定です。
注2) エージェントの社会性
 社会性とは、人とエージェントを含む集団内の関係のことです。今回の実験で、褒められることについて、人はエージェントの数に影響を受けていることが分かりました。これは、人はエージェントを個別の存在と捉えていて、個々のエージェントとの関係を感じていることに他なりません。人が個々のエージェントとの間に関係を感じるのであれば、個々のエージェント同士の間にも関係を感じると考えるのが自然です。このように考えると、人とエージェント、エージェント同士の関係をうまくデザインすることで、褒め効果をもっと効果的にできるかもしれません。

研究資金
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ:ソーシャルキャピタルの醸成を支援するロボットシステム(研究者:飯尾尊優))、JST戦略的創造研究推進事業(CREST:ソーシャルタッチの計算論的解明とロボットへの応用(研究代表者:塩見昌裕))、科研費(基盤B:複数ロボットによる人の関心を喚起する情報提供の実現(代表:飯尾尊優))、科研費(特別研究員奨励費:対話を通した性格推定に基つ゛く個人適応型情報提供ロホ゛ットの実現(代表:木本充彦))の研究プロジェクトの一環として実施されました。

掲載論文
【題 名】Two is Better than One: Social Rewards from Two Agents Enhance Offline Improvements in Motor Skills More than Single Agent.
(2体の方が1体より良い:2体のエージェントからの社会的報酬は1体のエージェントよりも運動技能の取得を促進する)
【著者名】Shiomi M, OkumuraS, Kimoto M, Iio T, Shimohara K
塩見昌裕(ATR)、奥村奏音(同志社大学/ATR)、木本充彦(慶応義塾大学/ATR)、飯尾尊優(筑波大学/ATR/JSTさきがけ)、下原勝憲(同志社大学)
【掲載誌】 PLOS ONE
【掲載日】 2020年11月4日
【DOI】10.1371/journal.pone.0240622

問合わせ先
【研究に関すること】
 飯尾 尊優(いいお たかまさ)
 筑波大学システム情報系 助教
 TEL: 029-853-5115
 Email: iioiit.tsukuba.ac.jp
 URL: https://sites.google.com/site/takamasaiio1984/

 塩見 昌裕(しおみ まさひろ)  株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
 インタラクション科学研究所 エージェントインタラクションデザイン研究室 室長
 TEL:0774-95-1432
 Email:m-shiomiatr.jp
 URL: http://masahiroshiomi.jp/index_ja.html

【JST事業に関すること】
 舘澤 博子(たてさわ ひろこ)
 科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
 TEL: 03-3512-3525
 E-mail: prestojst.go.jp

【取材・報道に関すること】
 筑波大学広報室
 TEL: 029-853-2040
 E-mail: kohosituun.tsukuba.ac.jp

 株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)経営統括部 企画・広報チーム
 TEL: 0774-95-1176
 E-mail: pratr.jp

 科学技術振興機構 広報課
 TEL: 03-5214-8404
 E-mail: jstkohojst.go.jp


(注:は、画像です。)



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