プレスリリース

2023年 2月13日
MRIを用いたうつ病の客観的診断支援法が実用化へ向けて大きな前進
~新規データで客観的診断支援法の信頼性と前向き汎化性の検証~
MRIを用いたうつ病の客観的診断支援法の実用化へ向けてのステップ
MRIを用いたうつ病の客観的診断支援法の実用化へ向けてのステップ
【本研究成果のポイント】
  • 世界に先駆けて開発した機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いたうつ病の客観的診断支援法(うつ病脳回路マーカー)(Yamashita A et al., 2020)の信頼性と前向き汎化性を、開発後に取得した新規のデータで検証しました。
  • 健常者を対象とした1年間隔の測定で、脳回路マーカーの信頼性を確認しました。
  • 新規のうつ病患者をうつ病脳回路マーカーは十分な感度で識別しました。
【概要】
 広島大学・岡田剛准教授、岡本泰昌教授、国際電気通信基礎技術研究所(以下、ATR)  脳情報通信総合研究所・川人光男所長、酒井雄希主任研究員らの研究グループは、2020年に発表したうつ病脳回路マーカーの再テスト信頼性と前向き汎化性を、脳回路マーカー完成後に取得した新規のデータを用いて行い、検証しました。
 これまでに、われわれは、人工知能技術を駆使することで、 fMRIデータに基づいてうつ病の診断に有用な脳回路マーカーを世界に先駆けて開発してきました(Yamashita A et al., 2020)。また、この脳回路マーカーを臨床現場で実用化するために、医療機器の承認審査機関である独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)と相談を重ねてきましたが、脳回路マーカー開発後の新規のデータでの信頼性や前向き汎化性が課題となっていました。
 今回、新規に取得したデータで、脳回路マーカーの信頼性や前向き汎化性を検証できたことは、臨床応用へ向けての大きな前進となります。
 現在、この脳回路マーカーを臨床現場で実用化するために、われわれは広島市内の8医療機関と共同して新たな特定臨床研究を行っています。今後研究が進めば、安静状態での10分間のfMRIの撮像が、うつ病の診断・治療選択に際して、有用な情報をもたらすことができるようになると期待されます。
 本研究成果は、2023年 2月 12日に国際学術誌「Journal of Affective Disorders」に最終確定版が掲載されます。

<発表論文>
論文タイトル
Verification of the brain network marker of major depressive disorder: test-retest reliability and anterograde generalization performance for newly acquired data

著者
Go Okada*, Toshinori Yoshioka, Ayumu Yamashita, Eri Itai, Satoshi Yokoyama, Toshiharu Kamishikiryo, Hotaka Shinzato, Yoshikazu Masuda, Yuki Mitsuyama, Shigeyuki Kan, Akiko Kurata, Masahiro Takamura, Atsuo Yoshino, Akio Mantani, Osamu Yamamoto, Norio Yokota, Tatsuji Tamura, Hiroaki Jitsuiki, Mitsuo Kawato, Okito Yamashita, Yuki Sakai, Yasumasa Okamoto
*:責任著者

掲載雑誌
Journal of Affective Disorders
https://doi.org/10.1016/j.jad.2023.01.087
【背景】
 うつ病には脳回路の不調が関与していると考えられていますが、現在の医療現場では、気分の落ち込みや興味の喪失などのさまざまな症状を詳細な問診によって評価することのみでうつ病を診断しており、客観的な生物学的検査法は確立していません。
 機能的MRI(functional MRI: fMRI)は高い空間解像度と時間解像度で、非侵襲的に検査を行うことが可能なことから、脳回路機能を反映したうつ病の客観的な診断支援法の開発を目指して、fMRIデータと機械学習(データのどの特徴量をどのように組み合わせると判別に有用かをコンピュータに学習させる)の手法を組み合わせた研究が世界中で行われ、有望な結果が報告されています。一方で、これらの研究成果を用いて、他施設で得られたfMRIデータから診断予測をしてもほとんど再現できないことがわかってきました。この原因は、単一施設から得られた少数のデータに対して機械学習を適用すると、そのデータサンプルだけにしか通用しない特殊な学習をしてしまうからであると考えられています。本研究グループは、2020年にPLOS Biology誌で発表したように、トラベリングサブジェクトを用いたハーモナイゼーション(被験者が各施設を訪問し、同一脳で施設が異なるとどれほどデータが変動するかという機種由来のバイアスを同定する方法)により異なる複数施設で取得した安静時fMRIデータを均質な大規模データとして統合することでこの問題を解決し、複数の外部独立データに汎化性能を示すうつ病脳回路マーカーを開発しました(Yamashita A et al., PLoS Biology., 2020)。ただし、脳回路マーカーの汎化性能の検証に用いた外部独立データは、脳回路マーカーの開発前に取得したデータであり、脳回路マーカー開発後の新規のデータでの性能評価が課題となっていました。また、fMRI の測定値は、施設間差に加えて、同じ人でも測定間の変動が大きいことが、信頼性の高い脳回路マーカーの開発に対する障壁となっていました。そこで、本研究では、脳回路マーカー完成後に取得した新規のデータを用いて、その再テスト信頼性と前向き汎化性能の検証を行いました。
【研究成果の内容】
 うつ病患者47名 と健常者39名を対象に、シーメンス社製 3テスラ MRI 装置を使用して、10分間の安静時fMRIの撮像を行いました。うつ病の診断は担当医の臨床診断に加えてMini-International Neuropsychiatric Interview [1]を行い確定しました。またMRI 撮像当日の各参加者の抑うつ症状を、Beck Depression Inventory-Ⅱ (BDI-Ⅱ)[2]の日本語版で評価しました。
 予測しうる誤差を補正する前処理を行った安静時fMRI データに、全脳にわたる 379 の関心領域(ROI)からなるパーセレーション[3]を適用し、参加者ごとに 379 の ROIのすべてのペアの前処理されたMRI信号値間の時間経過間の相関(脳機能的結合)を計算しました。これらのデータに、以前の研究 (Yamashita et al., 2020) で作成された判別機(脳回路マーカー)を適用し、各参加者のうつ病確率を計算しました(図1)。その際、広島大学で新たに取得されたfMRI データを、診断情報なしでATRに送り、ATRで計算されたうつ病確率を広島大学で保管している診断情報と照合することで、うつ病確率の計算時に診断情報がわからない仕組みにしました。このようにして計算したうつ病確率に関して、以下の検討を行いました。
 健常者は1年間隔で2度のfMRI撮像を行っており、縦断的な比較が可能であったため、まず健常者の同じ個人からの 2 セットのデータのうつ病確率から級内相関係数 (ICC) [4]を計算することにより、脳回路マーカーの再テスト信頼性を調べました。その結果、ICC は0.45 で中程度の信頼性を示しました (95% 信頼区間 = 0.13-0.68; P = 0.004)(図2)。次に、全参加者のデータを用いてうつ病確率と抑うつの重症度(BDI-Ⅱスコア)の相関関係を調べたところ、うつ病確率と抑うつ症状の間には有意な相関関係がありました (r = 0.26、P = 0.024)(図3)。最後に、うつ病確率が50%を超える場合を脳回路マーカーの結果がうつ病であるとして、脳回路マーカーの性能を評価したところ、判別精度は 69.7% (感度72.1%; 特異度66.7%)[5]と以前の研究と同等の精度が得られ、新規のデータでの前向き汎化性能が確認できました(図3)。
【今後の展開】
 脳回路マーカーをうつ病の診断支援法として実用化するためには、様々な課題がありますが、現在XNef社が広島大学、ATR、AMED等と連携しながら、PMDAと相談を重ねています。また、抗うつ薬の治療反応性との関連も含めて、さらなる臨床的エビデンスの確立のため、広島大学病院を含む8医療機関の多施設共同の特定臨床研究(jRCTs062220063)を、2022年10月12日より開始しています。今後研究が進めば、安静状態での10分間のfMRIの撮像が、うつ病の診断・治療選択に多くの有用な情報をもたらすことができるようになると期待されます。
【研究支援】
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」の『縦断的MRIデータに基づく成人期気分障害と関連疾患の神経回路の解明』課題 JP18dm0307002 (代表 岡本泰昌)、『脳科学とAI技術に基づく精神神経疾患の診断と治療技術開発とその応用』課題 JP18dm0307008 (代表 川人光男)、および医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)ViCLE 実用化開発タイプの『人工知能技術と脳科学の精神疾患診断治療への応用』課題 JP20pc0101061 (代表 株式会社XNef)の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
[1] Mini-International Neuropsychiatric Interview:精神疾患を信頼性高く診断するために作成された構造化面接法(一連の順序だった、決められた質問によって構成された面接法)。精神疾患を対象とした研究に広く用いられています。
[2] Beck Depression Inventory-Ⅱ (BDI-Ⅱ):過去2週間の状態についての21項目の質問によって、抑うつ症状の重症度を評価する自記式質問調査票。抑うつ評価尺度として、世界的に広く使用されています。
[3] パーセレーション:形態や機能に基づいて脳を区域分けすること。パーセレーションを行うことで、領域の機能解明や領域間の機能的結合を調べることができます。今回の研究では、米国のHuman Connectome Projectによって示された区域分け(Glasser et al., Nature 2016)を使用しました。
[4] 級内相関係数:対象に対する評価を複数回行った際の、評価の一致度や安定性(=信頼性)を示すための指標。0~1の値をとり、数値が高いと信頼性があると判定します。fMRIの脳機能的結合の信頼性は一般的には低く、級内相関係数は平均で0.29 と報告されています (Noble et al., Neuroimage 2019)。
[5] 判別精度、感度、特異度:いずれも検査の性能を評価する指標で、精度は検査の全体の正解率、感度は疾患を持つ人のうち検査で疾患ありと判定された人の割合、特異度は疾患を持たない人のうち検査で疾患なしと判定された人の割合になります。
【参考資料】
うつ病の回路マーカーによるうつ病確率の計算
図1:うつ病の回路マーカーによるうつ病確率の計算
まず10分間の安静時状態のfMRI 時系列データから、全脳にわたる379の各脳領域から信号波形を取り出し、全ての脳領域のペア(71,631個=379×378÷2)において、脳活動を反映するMRI信号の時間的変動の相関係数(空間的に隔たっている脳領域どうしの活動パターンの同期関係)を計算します。相関係数は、2領域間の脳活動の類似性が高い(=同時に活動が高くなったり低くなったりする)と1に近い値に、互いを抑制しあう関係では(一方の活動性が高いとき、他方の活動性が低いなど)-1に近い値に、互いに関連しないとき0に近い値を取ります。その中で、うつ病脳回路マーカー(Yamashita A et al., PLoS Biology., 2020)として選定されている脳領域のペアのひとつひとつについて、その強度(相関係数に関連)に重み(係数)を掛け合わせたものを全て足し合わせ、ロジスティック関数に入力することでうつ病確率を計算します。
2時点の健常者MRIデータから計算されたうつ病確率の相関
図2:2時点の健常者MRIデータから計算されたうつ病確率の相関
1回目の撮像と2 回目の撮像における脳回路マーカーの出力(うつ病確率) の散布図を示しています。各データ ポイントは 1 人の参加者を表しています。級内相関係数 (ICC) と95%信頼区間 (CI) を合わせて表示しています。
2時点の健常者MRIデータから計算されたうつ病確率の相関
図3:うつ病脳回路マーカーの汎化性能の検証
BDI-Ⅱスコアと脳回路マーカーから計算されたうつ病確率の散布図を、相関係数 (r) と P 値と合わせて示しています。各データポイントは、個々の健常者とうつ病患者を表します。ヒストグラムには、健常者とうつ病患者のうつ病確率の分布を表示しています。


【お問い合わせ先】
大学院医系科学研究科 岡田剛 岡本泰昌
Tel:082-257-5208 FAX:082-257-5209
E-mail:goookadahiroshima-u.ac.jp (岡田)
oyhiroshima-u.ac.jp(岡本)