プレスリリース

平成23年12月 9日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

新たに開発したデコーディッドニューロフィードバック法を用いて、ヒト大脳皮質視覚野に、
空間的な活動パターンを引き起こし、意識や視覚刺激を伴わずに、
視覚知覚学習を生じさせることに成功
~12月9日号サイエンス誌掲載~


はじめに
努力や、注意や、集中あるいは場合によっては意識さえせずにいろんな学習ができたらよいと思いませんか。 あるいは、仕事や人間関係でストレスがたまっているときに、 一人で静かにしているときにでもストレスを解消できると良いと思いませんか。 将来このような夢を叶えてくれるかも知れない、新しい脳科学の方法、DecNef法(decoded fMRI neurofeedback)を開発しました。 DecNef法によって、視覚の刺激図形も見ていないし、学習していることも全く意識していないのに、 知覚能力が向上することが分かりました。DecNef法は、一般には、脳活動から欲しい情報をとりだして、 それをいろんな方法でユーザに帰すことで、薬などを使わなくても脳の状態を望ましい方向に導いてくれる方法と言えます。 今後、脳の機能の理解を深めるための重要な方法になると期待されますし、 これまでなかなか良い治療手段がなかった脳の病気の全く新しい治療法につながることも期待されます。

概要
脳科学では、脳活動イメージングやニューロン発火記録など、ヒトや動物の行動、認知、 学習に伴って生じる脳活動の相関を調べる方法が主流でした。 ヒトのこころは脳活動によって担われると多くの人が考えているにも関わらず、それを直接実験的に証明できませんでした。 つまり、脳活動を原因として結果として行動を引き起こす、因果関係の研究は従来行えませんでした。 そこで、(株)国際電気通信基礎技術研究所(以下ATR)の柴田和久研究員らは、 ヒト脳活動の非侵襲計測手法である磁気共鳴画像法(fMRI)のデータから脳内の情報を解読し、 それを短い時間遅れで脳に報酬として帰還し、結果として特定の空間的脳活動パターンを誘起する、 DecNef(decoded fMRI neurofeedback)法を開発しました。
 このDecNef法を用いて、ヒトの大脳皮質初期視覚野に特定の空間的な活動パターンを引き起こして、 特定の視覚刺激に対してだけ知覚能力が向上する、いわゆる視覚知覚学習を導きました。 これは、脳活動パターンを原因として、知覚学習が結果としてえられたという意味で、因果関係を証明したことになります。 従来は、ヒトやサルに知覚学習をしてもらい、 その時の脳活動とニューロン活動をfMRIや刺入電極による単一ニューロン記録法で調べる研究がほとんどでした。 このような研究は学習と脳活動の相関を調べているに過ぎないので、ある脳領域、 あるニューロンの活動が学習の原因なのか結果なのかについては、いつまで経っても結論が出ません。 最近10年間で、視覚知覚学習の脳内の座が高次か低次かに関して、異なる結論を主張する論文が多数出版され、 激しい論争が続いていたのも、一つの原因として相関に頼るシステム神経科学の弱点の現れであるとも理解できます。 今回のDecNef法を用いた研究によって、初期視覚野の空間活動パターンだけで知覚学習を起こし、十分条件を示したことで、 この論争に決着がつきました。 また、ノーベル賞受賞者のヒューベルとウイーゼルは、 大脳皮質初期視覚野は臨界期を過ぎると神経回路が固定されシナプス可塑性がなくなると考えました。 このような伝統的な考え方に基づけば、大脳の中でも最も早く2,3歳で固定されると考えられていた初期視覚野でさえ、 大人でも十分なシナプス可塑性を保持し、それによって知覚能力が向上する、つまり知覚学習が可能なことを示しました。

今後の展開
DecNef法は、神経科学において、因果関係を証明する画期的な実験手法になると期待しています。 DecNef法は、視覚と学習に限らず、意識、自由意志、意志決定、運動学習、神経経済学、社会神経科学、 疾病の理解など様々な脳科学・神経科学の重要な問題に適用されていくと期待しています。 また一方で、脳活動の空間パターンを誘起する全く新しい技術なので、新しい原理に基づくリハビリテーション法、 運動・スポーツ訓練法、精神・神経疾患の治療法などの基礎となると期待しています。 遊びから医学的治療まで広い範囲の応用の可能性があります。脳は他の臓器と比べると、 化学的機械である以上に電気的機械であるところにその最大の特徴があります。 しかし、電気的な特性を活かした治療法はこれまで、 皮質電気刺激や脳深部刺激による中枢性慢性疼痛やパーキンソン病を含む神経疾患の治療、 さらにはECT療法による精神疾患の治療などに限られていました。これら従来の電気的な療法は、 脳の活動状態から情報を解読したり、脳内の特定の部位に特定の活動パターンを引き起こすなどの先端技術的要素は保持せず、 DecNef法が持つこれらの優れた特性と組み合わせることによって、治療効果が格段に向上する可能性があります。 脳科学の基礎研究としても、応用開発としてもDecNef法を大きく育てていきたいと考えています。

この研究成果は、12月9日の米国雑誌サイエンスに掲載されます*。
*論文著者とタイトル
Shibata K, Watanabe T, Sasaki Y, Kawato M: Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation, Science, Vol.334, Issue 6061, 1413 - 1415 (2011)

*この研究開発は、ATR脳情報通信総合研究所の脳情報研究所が、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム、
 課題A『日本の特長を活かしたブレインマシンインターフェースの統合的研究開発』として実施したものです。

問い合わせ先
(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)経営統括部 広報担当 野間・福森
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
電話:0774-95-1172, FAX: 0774-95-1178
https://www.atr.jp/index_j.html




<補足資料>
開発したDecNef法の特徴
実験方法の詳細