プレスリリース

   

2018年 3月29日 

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
株式会社モバイルテクノ


複数周波数帯の無線チャネルを用いて同時伝送を行う無線LAN技術の有効性を基礎実験により確認 
~より高速で安定な無線LAN通信の実現を目指して~

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(本社:京都府相楽郡精華町(けいはんな学研都市)、代表取締役社長:浅見徹、略称:ATR)と株式会社モバイルテクノ(本社:神奈川県横浜市西区みなとみらい、社長:長谷川淳一)は、限りある周波数資源を万遍なく密に使用し、これまでよりも多くのデータの伝送を可能にする新たな無線LAN技術の有効性を基礎実験で確認しました。
 今回開発を進めている技術では、無線LANが使用する免許不要周波数帯で空き状態になっている複数の無線チャネルを見つけ、それらを同時に利用してデータ伝送を行います。これにより、人の多い場所など、これまで無線LANの速度低下が発生していた場所でも、より高速で安定した通信を行うことが可能になります。今後、早期の実用化を目指して研究開発を推進し、様々な環境での検証評価により技術の完成度を高めていきます。また、IEEE 802.11*1無線LAN国際標準規格への反映を図るため、標準化活動も併せて進めていきます。


図-1 周波数資源を万遍なく密に使用することによる周波数利用効率の向上

【背景】
 オフィスや家庭での無線LAN利用に加えて、スマートフォンの普及に伴い空港・駅や競技場・イベント会場におけるモバイルデータ・オフロードが増えています。さらに、モノがインターネットにつながるIoT*2(Internet of Things)などの進展によって、無線LANの通信量(トラヒック)は増加の一途を辿っています。
 既存の無線LANは、基本的に一つの無線チャネルを使用して無線通信を行います。無線LANが通信に使用する周波数帯は免許不要で利用可能であり、様々な無線機器等で共用して使用しているため、いつどのタイミングで無線チャネルが使用されるかを事前に把握することができません。そのため、無線LANがデータの送信を行う場合には、通信に使用する無線チャネルの状態を確認し、空き状態であることが確認できた場合にだけ送信を行う仕組みが採用されています。無線機器の数が増えてトラヒックが増加すると、空き状態となる時間が短くなり、無線機器の間でデータ送信の権利を得るために競い合う状態となります。このような場合、各無線機器は自身が送信したいタイミングでは送信することができず、送信までの遅延時間が大きくなるなどしてスループットが低下し、十分な通信品質が得られなくなる問題が発生します。
 そのため、良好な通信品質を保ちつつ今後も増え続ける無線LANトラヒックを収容するために、限りある周波数資源をより効率良く利用可能な無線LAN技術が強く望まれていました。

【研究内容】
 人の多い場所などであっても、周波数帯やその中での無線チャネルの使用状況に少なからず偏りがあります。今回有効性を確認した無線LAN技術では、そのことに着目し、複数の周波数帯の無線チャネルを柔軟に利用して複数同時伝送を行うことで、通信に使用せずに空き状態のまま未使用になってしまう周波数資源を極力少なくする点が大きな特長です。具体的には、無線LANが使用する複数の周波数帯の無線チャネルの空き状況をリアルタイムに把握し、空き状態の無線チャネルを見つけて複数同時に利用してデータ伝送を行います。これにより、有限な周波数資源を万遍なく密に使用し、これまでよりも多くのデータの伝送を可能にして通信品質の低下を抑制し、高速で安定な通信を実現します。
 今回開発した無線LAN技術では、複数の免許不要周波数帯(2.4 GHz帯、5 GHz帯、920 MHz帯等)に散在する空き状態の無線チャネルをリアルタイムに検出し、それらを複数使用して同時伝送を行います。本技術による複数周波数帯の無線チャネルを用いた同時伝送のイメージを図-2に示します。


図-2 複数周波数帯の無線チャネルを用いた同時伝送

 一般に、周波数帯が異なる場合には無線信号の伝搬特性が異なるため、データを送信する際の適切な伝送速度が周波数帯間で変わってきます。そのため、送信側では、各周波数帯の無線チャネルの伝送速度を考慮し、送信に要する時間が同一になるように送信データを適切に分割してタイミングを合わせて同時に送信します。受信側では、異なる周波数帯で送信された無線信号を同時に受信して統合し、データを結合します。
 今回は、この同時伝送技術の効果を高めるためのキー技術である、①無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御技術、②周波数ダイバーシチ効果を活用した誤り制御技術の二つの技術について有効性を基礎実験で確認しました。なお、①については株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、②については株式会社モバイルテクノが技術検討と実験を担当しました。

①無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御技術
 複数周波数帯の無線チャネルを用いて同時伝送を行う場合、データを送信する際に複数の無線チャネルが同時に空き状態になっている必要があります。ところが、どの無線チャネルも混んでいて空き状態の時間がそれほど多くない場合には、送信しようとしたときに同時に複数の無線チャネルが空き状態になっていない確率が高くなり、同時伝送できる機会が少なくなるため、本技術の適用効果が小さくなってしまいます。前述のように、免許不要周波数帯では、いつどのタイミングで無線チャネルが使用されるかを事前に正確に把握することはできません。これに対し、無線チャネルの過去の利用状況に基づいて近い将来における利用タイミングを高い精度で予測することができれば、例えば、図-3に示すように、送信しようとしたときに1つの無線チャネルしか空き状態でなかったとしても、もう少しだけ待てばもう1つ(あるいは2つ)の無線チャネルが空き状態になることが予測された場合、少し待って2つ(あるいは3つ)の無線チャネルで同時伝送を行うようなことが可能になり、このような無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御を行うことにより、同時伝送による効果を向上させることができます。

図-3 無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御

 この無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御の有効性を検証するため、電波暗室内で2.4 GHz帯と5 GHz帯の2つの周波数帯を用いて試作機による基礎実験を行いました(図-4)。この基礎実験では、事前に取得した無線LANトラヒックデータを用いて空き継続時間の確率分布をオフラインで算出しておき、当該無線LANトラヒックを再生して干渉トラヒックを発生させた環境下で、予め算出しておいた確率分布の情報を利用して簡易な無線アクセス制御を行ってスループットの向上度合いを評価しました。その結果、空き状況予測を行わずに無線アクセス制御を行った場合には、1つの無線チャネルのみを使用する既存の無線LAN装置よりも約2.2倍のスループット向上効果が得られ、さらに上述の簡易な空き状況予測を行った場合には、既存装置に対するスループット向上効果が約2.5倍にまで高まることが確認できました(図-5)。


図-4 試作機による電波暗室での基礎実験


図-5 無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御の基礎実験結果

②周波数ダイバーシチ効果を利用した誤り制御技術
 複数周波数帯を用いて同時伝送を行う場合、たとえ送信電力が同じであったとしても周波数帯毎の伝搬特性の違いにより受信電力に差が生じることになります。また、無線信号が異なる複数の伝搬路を通って受信されることで周波数選択性フェージングが発生しますが、その特性も周波数帯毎に異なります。そこで、この伝搬特性の違いを活用し、複数周波数帯で伝送する送信データを各周波数帯に分割後に個別に符号化する(図-6(a))のではなく、複数周波数帯で伝送する送信データを一括で符号化した後に各周波数帯に分割し(図-6(b))、これによって得られる周波数ダイバーシチ効果で通信品質を向上させる誤り制御技術を考案しました。


図-6 符号化処理単位の違い

 考案した誤り制御技術の有効性を検証するため、この技術を適用した複数周波数帯同時伝送実験装置(図-7)を開発し、電波暗室およびオフィス環境において2.4GHz帯及び5.2GHz帯の2つの無線チャネルを用いて実証実験を行いました。その結果、考案技術の適用によってフレーム誤りが低減し、従来技術と比較してスループットが向上することが確認できました(図-8)。


図-7 複数周波数同時伝送実験装置


図-8 スループット評価結果

【今後の展開】
今後は、更なる性能向上に向けて各技術の高度化を図るべく技術検討を進めていきます。また、今回ご紹介した無線チャネルの空き状況予測機能をハードウェア化して試作装置に実装することにより、時々刻々と変化するトラヒックパターンに応じてリアルタイムに空き状況予測を行えるようにして種々の環境で実験評価を進めるとともに、誤り制御技術等の複数周波数帯同時伝送の特徴を積極的に活用した伝送品質向上技術についても引き続き実験での評価を進め、本技術の有効性を検証していきます。
 今回開発した技術を搭載した無線LANが実現すれば、これまで適用が難しかった高信頼性・低遅延性が要求される制御や遠隔操作といった用途にも対応できるようになり、様々な産業の生産性やサービス性の向上が期待できます。
 本技術の次世代無線LANへの採用を目指して、IEEE 802.11無線LAN国際標準化会合において技術提案を開始する等、本研究開発の成果をタイムリーに展開していく予定です。



<用語・解説>
*1) IEEE 802.11:
 IEEE(米国電気電子技術者協会)が策定した無線LANの標準規格
*2) IoT(Internet of Things):
 身の回りの様々な物がインターネットに接続され、互いに情報交換を行うことで様々な制御を行えるようにする仕組み

【研究支援】
 本技術は、総務省電波資源拡大のための研究開発「複数周波数帯域の同時利用による周波数利用効率向上技術の研究開発」によるものです。

■株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)について
本社:〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2(けいはんな学研都市)
代表者:代表取締役社長 浅見 徹
TEL:0774-95-1111
URL:https://www.atr.jp/
事業内容:脳情報科学、ライフ・サポートロボット、無線通信、生命科学などの情報通信関連分野における研究開発及び事業化

■株式会社モバイルテクノについて
本社:〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい四丁目4番5号
代表者:代表取締役社長 長谷川淳一
TEL:045-228-8850
URL:http://www.fujitsu.com/jp/group/mtc/
事業内容:モバイル通信システム、多重無線システム、公共無線通信システム、近距離無線通信システム、放送/衛星システム、その他無線
システムに関するシステムデザイン、ハードウェア・ファームウェア・ソフトウェア開発、モバイル通信システム評価サービス



【本件に関するお問い合わせ先】
■株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
経営統括部 企画・広報チーム
TEL:0774-95-1176
FAX:0774-95-1178
E-mail:pr@atr.jp

■株式会社モバイルテクノ
総務部
TEL:045-228-8850
FAX:045-228-8864
Email:mtc-info@cs.jp.fujitsu.com