プレスリリース

 

2019年3月28日
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
株式会社モバイルテクノ

3つの周波数帯の無線チャネルを用いて同時伝送を行う無線LAN技術の有効性を伝送実験により確認
~より高速で安定な無線LAN通信の実現を目指して~
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(本社:京都府相楽郡精華町(けいはんな学研都市)、代表取締役社長:浅見徹、略称:ATR)と株式会社モバイルテクノ(本社:神奈川県横浜市西区みなとみらい、社長:長谷川淳一)は、複数の周波数帯の周波数資源を万遍なく密に使用し、これまでよりも多くのデータの伝送を可能にする新たな無線LAN技術の有効性を伝送実験で確認しました。
今回開発を進めている技術では、無線LANが使用する免許不要周波数帯で空き状態になっている複数の無線チャネルを見つけ、それらを同時に利用してデータ伝送を行います。これにより、人の多い場所など、これまで無線LANの速度低下が発生していた場所でも、より高速で安定した通信を行うことが可能になります。したがって、これまで適用が難しかった高信頼性・低遅延性が要求される制御や遠隔操作といった用途にも対応できるようになり、様々な産業の生産性やサービス性の向上が期待できます。この度は昨年度開発した技術に加えて、リアルタイムに将来のチャネル利用状況を予測して効率よく周波数資源を利用する技術や、既存の無線LANには搭載されていない新たな再送制御技術などの機能拡充を行いました。これらの技術を試作無線機に搭載し、3つの周波数帯を利用した伝送実験を通じてさらなる性能向上を達成いたしました。今後は本技術の早期実用化に向けて、IEEE 802.11*1無線LAN国際標準規格への反映を目指し、標準化活動を進めていきます。

図1
図-1 周波数資源を万遍なく密に使用することによる周波数利用効率の向上

【背景】
 オフィスや家庭での無線LAN利用に加えて、スマートフォンの普及に伴い空港・駅や競技場・イベント会場におけるモバイルデータ・オフロードが増えています。さらに、モノがインターネットにつながるIoT*2(Internet of Things)などの進展によって、無線LANの通信量(トラヒック)は増加の一途を辿っています。
 既存の無線LANは、基本的に一つの無線チャネルを使用して無線通信を行います。無線LANが通信に使用する周波数帯は免許不要で利用可能であり、様々な無線機器等で共用して使用しているため、いつどのタイミングで無線チャネルが使用されるかを事前に把握することができません。そのため、無線LANがデータの送信を行う場合には、通信に使用する無線チャネルの状態を確認し、空き状態であることが確認できた場合にだけ送信を行う仕組みが採用されています。無線機器の数が増えてトラヒックが増加すると、空き状態となる時間が短くなり、無線機器の間でデータ送信の権利を得るために競い合う状態となります。このような場合、各無線機器は自身が送信したいタイミングでは送信することができず、送信までの遅延時間が大きくなるなどしてスループットが低下し、十分な通信品質が得られなくなる問題が発生します。
 そのため、良好な通信品質を保ちつつ今後も増え続ける無線LANトラヒックを収容するために、限りある周波数資源をより効率良く利用可能な無線LAN技術が強く望まれていました。

【研究内容】
 人の多い場所などであっても、周波数帯やその中での無線チャネルの使用状況に少なからず偏りがあります。図-2に免許不要帯域におけるチャネル利用状況の実測結果を示します。黄色枠で囲まれた黒い部分が未使用であることを表しています。Ch116は非常に多く利用されており混雑しておりますが、Ch112は利用率が低く、空いていることが分かります。今回有効性を確認した無線LAN技術では、そのことに着目し、複数の周波数帯の無線チャネルを柔軟に利用して複数同時伝送を行うことで、通信に使用せずに空き状態のまま未使用になってしまう周波数資源を極力少なくする点が大きな特長です。具体的には、無線LANが使用する複数の周波数帯の無線チャネルの空き状況をリアルタイムに把握し、空き状態の無線チャネルを見つけて複数同時に利用してデータ伝送を行います。これにより、有限な周波数資源を万遍なく密に使用し、これまでよりも多くのデータの伝送を可能にして通信品質の低下を抑制し、高速で安定な通信を実現します。
図2
図-2 免許不要帯域におけるチャネル利用状況実測結果(2017年1月 国内ターミナル駅)

 今回開発した無線LAN技術では、複数の免許不要周波数帯(920MHz帯、2.4GHz帯、5.2/5.3GHz帯、5.6GHz帯等)に散在する空き状態の無線チャネルをリアルタイムに検出し、それらを複数使用して同時伝送を行います。本技術による複数周波数帯の無線チャネルを用いた同時伝送のイメージを図-3に示します。
図3
図-3 複数周波数帯の無線チャネルを用いた同時伝送

 一般に、周波数帯が異なる場合には無線信号の伝搬特性が異なるため、データを送信する際の適切な伝送速度が周波数帯間で変わってきます。そのため、送信側では、各周波数帯の無線チャネルの伝送速度を考慮し、送信に要する時間が同一になるように送信データを適切に分割してタイミングを合わせて同時に送信します。受信側では、異なる周波数帯で送信された無線信号を同時に受信して統合し、データを結合します。
 今回は、この同時伝送技術の効果を高めるためのキー技術である、①無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御技術、②周波数ダイバーシチ効果*3を活用した誤り制御技術の二つの技術について有効性を伝送実験で確認しました。なお、①については株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、②については株式会社モバイルテクノが技術検討と実験を担当しました。

①無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御技術
 複数周波数帯の無線チャネルを用いて同時伝送を行う場合、データを送信する際に複数の無線チャネルが同時に空き状態になっている必要があります。ところが、どの無線チャネルも混んでいて空き状態の時間がそれほど多くない場合には、送信しようとしたときに同時に複数の無線チャネルが空き状態になっていない確率が高くなり、同時伝送できる機会が少なくなるため、本技術の適用効果が小さくなってしまいます。前述のように、免許不要周波数帯では、いつどのタイミングで無線チャネルが使用されるかを事前に正確に把握することはできません。これに対し、無線チャネルの過去の利用状況に基づいて近い将来における利用タイミングを高い精度で予測することができれば、例えば、図-4に示すように、送信しようとしたときに1つの無線チャネルしか空き状態でなかったとしても、もう少しだけ待てばもう1つ(あるいは2つ)の無線チャネルが空き状態になることが予測された場合、少し待って2つ(あるいは3つ)の無線チャネルで同時伝送を行うようなことが可能になり、このような無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御を行うことにより、同時伝送による効果を向上させることができます。
 このアクセス制御を実現するためには、時々刻々と変化するトラヒックパターンに応じてリアルタイムに空き状況予測を近い将来における無線チャネルの利用状況を精度よく予測する必要があります。そのため、過去の無線チャネルの利用状況から、機械学習アルゴリズムの一種である確率的ニューラルネットワーク(PNN: probabilistic neural network)を用いて、どのくらい空き時間が継続するかを予測します(図-5)。過去の無線チャネルの利用パターンを学習し、今回の利用パターンが学習結果のどのパターンと最も似ているかを検索し、その検索結果に対応する将来の利用パターンを引き出すことで予測を実現しています。
図4
図-4 無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御

図5
図-5 確率的ニューラルネットワーク(PNN)を用いた無線チャネルの空き状況予測

 無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御の有効性を実験によって検証するために、昨年度開発した試作機に対し、これらの機能を機能拡充いたしました(図-6)。昨年度は2つの周波数帯しか利用できなかったところ、3つの周波数帯を利用できるようにし、かつ昨年度は実装されていなかったPNNによる無線チャネルの利用状況予測技術を拡充しました。複数周波数帯同時伝送のための基本的な送受信機能は試作機本体に実装し、PNNによる無線チャネルの空き状況予測や予測結果に基づく無線アクセス制御は追加基盤に実装しております。試作機と追加基盤を光トランシーバで接続し、試作装置からはチャネル利用状況を追加基盤に転送し、追加基盤では入力情報を用いてPNNによるチャネル利用状況予測、および予測結果に基づいて送信タイミング(いつまで待つか)を決定します。その結果を試作装置に転送し、試作機は送信タイミングまで待ってから空いているチャネルを使ってフレーム伝送を行うことにより、提案アルゴリズムを含む複数周波数帯同時伝送を実現します。
 開発した試作機を用いて、電波暗室内で2.4 GHz帯、5.2 GHz帯、5.6 GHz帯の3つの周波数帯を用いた伝送実験を行いました(図-7)。この伝送実験では、市販の無線LAN装置によって干渉トラヒックを発生させた環境下で、リアルタイムに無線チャネルの空き状況予測を行うとともに、その予測結果に基づいて無線アクセス制御を行ってスループットの向上度合いを評価しました。その結果、空き状況予測を行わずに無線アクセス制御を行った場合には、1つの無線チャネルのみを使用する既存の無線LAN装置よりも約3.2倍のスループット向上効果が得られ、さらに上述の簡易な空き状況予測を行った場合には、既存装置に対するスループット向上効果が約3.4倍にまで高まることが確認できました(図-8)。

図6
図-6 開発した試作機

図7
図-7 試作機による電波暗室での伝送実験

図8
図-8 無線チャネルの空き状況予測に基づく無線アクセス制御の実験結果

②周波数ダイバーシチ効果を利用した誤り制御技術
 複数周波数帯を用いて同時伝送を行う場合、たとえ送信電力が同じであったとしても周波数帯毎の伝搬特性の違いにより受信電力に差が生じることになります。また、無線信号が異なる複数の伝搬路を通って受信されるため周波数選択性フェージング*4が発生しますが、その特性も周波数帯毎に異なります。そこで、符号の性能を細かく調整できるレート可変型LDPC(low density parity check)符号を用いて複数周波数帯に分割する前に送信データを一括で誤り訂正符号化することで、伝搬特性の違いを活用した周波数ダイバーシチ効果で通信品質を向上させる誤り制御技術を考案しました(図-9(a))。さらに、各周波数の伝搬特性に合わせて符号化データの分割量を最適化するレート制御(図-9(b))や、必要最低限の冗長データのみを低遅延で再送するIR-HARQ(incremental redundancy hybrid automatic repeat request)制御(図-9(c))を複数周波数で実現する手法を考案し、上記の考案技術と併用することで、周波数ダイバーシチ効果を最大限に利用した誤り制御を実現します。

図9
図-9 周波数ダイバーシチ効果を利用した誤り制御

 考案した誤り制御技術の有効性を検証するために、考案技術を搭載した試作機を開発し、電波暗室内において920MHz帯、2.4GHz帯、5.2GHz帯の3つの無線チャネルを用いた伝送実験を行いました(図-10:左)。その結果、考案技術(本技術)を適用した試作機のフレーム誤りが低減し、1つの無線チャネルのみを用いる場合(既存技術)と比較してスループットが向上し(図-10:右)、各伝送距離のスループット向上率の平均が約1.3倍以上となることを確認しました(図-11)。

図10
図-10 電波暗室での伝送実験(左)と評価結果(右)

図11
図-11 考案技術による平均スループット向上率

【今後の展開】
 現在までに、計算機シミュレーションで多数端末が存在する場合での性能評価や、今回ご紹介した試作機による伝送実験での評価を通じて、種々の環境においてスループットを向上できることを確認いたしました。また今回ご紹介した技術につきまして、試作機開発によってリアルタイム動作する装置を実現可能であることも示すことができました。
 今回開発した技術を搭載した無線LANが実現すれば、これまで適用が難しかった高信頼性・低遅延性が要求される制御や遠隔操作といった用途にも対応できるようになり、様々な産業の生産性やサービス性の向上が期待できます。
 本技術の実用化に向けて、現在標準化作業が進められているIEEE 802.11axの後継規格として新たに検討が始まったExtremely High Throughput(EHT)への採用を目指し、IEEE 802.11無線LAN国際標準化会合において、本研究開発の成果をタイムリーに展開していく予定です。


<用語・解説>
*1) IEEE 802.11:
 IEEE(米国電気電子技術者協会)が策定した無線LANの国際標準規格
*2) IoT(Internet of Things):
 身の回りの様々な物がインターネットに接続され、互いに情報交換を行うことで様々な制御を行えるようにする仕組み
*3) 周波数ダイバーシチ効果:
 異なる周波数で送信された信号に対して、品質の良い信号を選択したり複数の信号を合成したりすることによって、無線通信の品質や信頼性を改善する効果
*4) 周波数選択性フェージング:
 広帯域信号の通信において、送受信機の間で直線的に届く信号や、建物および壁などの障害物により反射して届く信号が足し合わさることによって、信号強度が周波数毎に変動する現象

【研究支援】
 本技術は、総務省電波資源拡大のための研究開発「複数周波数帯域の同時利用による周波数利用効率向上技術の研究開発」によるものです。

■株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)について
本社:〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2(けいはんな学研都市)
代表者:代表取締役社長 浅見 徹
TEL:0774-95-1111
URL:https://www.atr.jp/
事業内容:脳情報科学、ライフ・サポートロボット、無線通信、生命科学などの情報通信関連分野における研究開発及び事業化

■株式会社モバイルテクノについて
本社:〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい四丁目4番5号
代表者:代表取締役社長 長谷川淳一
TEL:045-228-8850
URL:http://www.fujitsu.com/jp/group/mtc/
事業内容:モバイル通信システム、多重無線システム、公共無線通信システム、近距離無線通信システム、放送/衛星システム、その他無線
システムに関するシステムデザイン、ハードウェア・ファームウェア・ソフトウェア開発、モバイル通信システム評価サービス



【本件に関するお問い合わせ先】
■株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
経営統括部 企画・広報チーム
TEL:0774-95-1176
FAX:0774-95-1178
E-mail:pr@atr.jp

■株式会社モバイルテクノ
総務部
TEL:045-228-8850
FAX:045-228-8864
Email:mtc-info@cs.jp.fujitsu.com